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第十一話

 ブノアに国民にならないかという提案を受けたものの、結論を急がされる事も無く直人は平穏な日々を過ごしていた。だが、そんな直人の日常も、喫茶店が休みのこの日に元奴隷であるコレット達が直人を訪ねて館までやって来た事により終りを迎えた。


「雇ってほしい?」


「はい。雇ってください。お願いします」


「お願いします」


 突然、雇用して欲しいと少女達に迫られて思わず眉を顰めた直人の様子に気づく事もなく、コレット達は頭を下げて頼みこむ。


「他に働きたい場所は無かったのか?」


「それが……どこも相手にしてくれませんでした……」


 直人の質問はそれほどに答えにくいのか、コレットは言い淀みながら答え、ソフィーヌに関してはコレットの後ろで顔を俯かせた。彼女達の態度に若干の苛立ちを覚えたのか、直人は身体を揺すりはじめた。たが、彼女達も気まずそうに黙るばかりで話が進む様子も無く仕方なさそうに直人は話を切り出す。


「十分お金は渡しだろうから、商売でも出来ただろうし農地を借りる事もできたのではないか?」


「商売とか無理ですし、自分達で農業しても農作物が売れるとは思えません。ですから、使用人や従業員として働きたいのですが中々働き口が見つからないんです……」


「……それって働き先を選り好みしているから決まらないだけではないのか?」


「そんな事ありません! 私達じゃあ商売しても破産します……」


 何事も無理無理と決めつけるコレットの態度に直人は嫌悪感を覚えた。まるで、優柔不断で何事にも慎重な自分の姿を見せつけられているように感じたのだった。


「……では聞くが、何でこの館を出て行ってから半年後にやって来た? 出て行ってすぐに働き口を探していたのであれば、なかなか職が見つからない事は1月も経たない内に分かっただろう?」


「そ、それは頑張ってみれば見つかると思ったからです」


「頑張ると決めたのだったら最後まで頑張れば良いだろう。2人で行動しているのだったら、節約をすれば少なくとも1年半は何もしなくても暮らしていけるだろう。なら、まだ後1年は頑張れるはずだ」


「そ、そんな……。雇ってくれても良いじゃないですか! クラリスは平民になった後もこちらで働いていると聞きました。なら私達も雇ってください!」


 同族嫌悪の為か、柄にもなく強硬な態度になった直人に痺れを切らしたのかコレットは声を荒げて直人に頼んだ。ソフィーヌも俯く事を止めコレットの後ろから直人を縋るような眼で見つめた。だが、コレットの最後の台詞が直人的にはどうしても許容できるものでは無かったようで、明らかに直人は無表情になりながらも静かに宣言した。


「あれは違う。クラリスは奴隷であったとしても働きたいと言った。そう、電流を流したにも関わらずにだ。ゆえに、平民になった後も雇用する事に決めた。だが、お前たちは平民になる事を希望した。そして、俺が1月ほどであれば館に滞在しても良いと言ったもののお前たちは直ぐに出て行った、その時であれば職に対しても相談に乗るとも言ったにも関わらずだ。そのような行動を取ってから、しかも半年経った後にだ、のこのこと雇ってくださいと言いに来るのは都合が良すぎないか? まだ奴隷から解放した直後であれば考えたが、今更な話だ。もう話す事は無い、帰ってくれ」


 吐き捨てるように言いきると、直人は玄関の扉を閉めた。玄関の外でコレットはなおも何か言い続けていたが、彼がそれに反応をすることも無くコレット達は仕方なく帰って行った。こうして、交渉相手双方にとって決して気持ちが良いと思えない会談は終了した。




 コレット達を追い返してもなお怒っていたが、しばらくして冷静になると直人は自己嫌悪に陥っていた。改めて考えれば彼女達の言い分も分からなくもないし、彼女達がそんな状態に陥った主要因も直人にあるといえたからだ。もし自分で彼女達を買わなかったら、もし彼女達を奴隷階級から解放しなかったら、もし彼女達を自分が雇っていたらと直人の頭にはありえたかもしれない選択肢が次々と巡る。そして、何故、そのような選択肢を取らなかったのかと。もっとも、自分の行動原理を省みれば考える必要も無くその答えは容易に出た。自己保身のためであると。


 そこまで思い至ったがなおも自分の本音の部分を否定しようと直人は必死に否定する。1人あたり金貨33枚もする奴隷を無償で解放してあげた。自分は彼女達を奴隷扱いせず人間扱いをした。きちんと生きて行く上で必要最低限の知識は教えてあげた。着の身着のまま放り出す事をせず、金貨20枚を始めとして服などの生活必需品を与えた。そう、自分は彼女達に最低でも金貨60枚……日本円にして600万円以上の援助をしたのだ。これは称えられる事はあっても謗られる事はないのだと。そんな自己弁護の言葉を連ねるがそれらの言葉は空々しくあり直人の心を癒すことにはなんら貢献しなかった。


 この問題以外にも直人を苦しめるものがあった。それは、コレットの在り方である。彼女の『無理な事はしない』という思考は直人の『生きる為に危険をなるべく排除する』という思考に非常に似ていた。その彼女の言動を直人は醜いと感じたのだ。決して、慎重といった美徳で称えられるものでは無く、ただ単純に醜いと。全ては自分の在り方に向けられる感想を。自分も無理な事や危険な事そして困難な事から逃げ続けて来たんではないか。それにも関わらずコレットの事を醜いと謗る権利があるのかと。結局は彼女と自分は同じ穴の狢ではないかと。


 そのような結論にたどり着いた直人はしばし呆然自失となっていたものの、少しは持ち直したようで今後の事について考え始めた。自分の性格は今までの人生で培われてきたものである以上、そう簡単に変わる事はありえない。ならば、ひとまずは自分の後ろ向きな性格については置いておいてコレット達の問題を先に片づけてしまおうと。そのように決め、一晩かけてじっくり考えたが良い案が思い浮かぶ事は無かった。





「なぁ、クラリスはコレット達に戻ってきてほしいか?」


「えっと……どういうことでしょうか?」


 何の前振りも無く突然朝食の席で振られた話題にクラリスは首を傾げる。


「昨日、コレット達が訪ねて来たのは知っているな?」


「はい。話の内容までは聞いてませんが話していた事は知っています」


「あぁ、それなんだが再雇用して欲しいとコレット達は言ってきたんだ」


 直人は昨日彼女達から聞いた内容を自分の推測も含めつつ説明していく。一歩間違えれば自分も辿っていた道ということもあってか、話を聞くクラリスの顔は真剣そのものであった。分からない事には適宜質問を挟みつつ直人が最後まで話し終えると、クラリスは逡巡していた様子であったが一応の結論が出たようであった。


「私は、再雇用する必要は無いと思います」


「どうしてそう思うよ?」


「彼女達は自分から望んで解放されましたのでその辺りは自分の責任だと思うんです。それに、もし以前の奴隷の生活の方が良いならば自ら身売りして奴隷階級に戻れば良いはずです。私ならそうします。彼女達が言っているのは奴隷階級から解放したのは直人様だから責任を取れと言ったものですが、彼女達も奴隷階級からの解放を望んでいたのですから直人様に責任を問うのもおかしいと思います。ですので、直人様が望まれるのであれば別ですが、責任を感じて雇うというのであれば雇う必要はないと考えました」


「そ、そう」


 同じく元奴隷であったクラリスの台詞は予想の斜め上をいくものであったが、かつては同じ境遇であったということもあってか彼女の言葉には異様な説得力があった。彼女なら同情して雇ってあげてくださいとでも言うかもしれないと直人は考えていたが、彼女の言う事にも一理あるなと納得する。


「参考になったよ。ありがとう」


「いえ、お役に立てたのであれば良かったです」


 それっきり、忘れられたようにこの話が再度話題に上る事は無かった。











「なにかあった? えらく時間かかっていたけど」


 予想していたよりも幾分か遅く帰って来たクラリスに、お疲れ様と声をかけつつ直人は疑問をぶつけた。買い物袋から買ってきたものを取り出しながらクラリスは少し疲れた様子で話し始める。トラブルに巻き込まれましたと。


「砂糖の追加注文入れて店を出るとコレットが居たんです。その場でいきなり話しかけて来たと思うと、雇用してくれるよう私から直人様に頼んで欲しいと言ってきました。それは直人様が決める事だから私には何の決定権もないと断ったんですが……その……興奮した様子で何度も何度もお願いをされてしまいました。帰宅が遅れて大変申し訳ありません」


「遅れたのは不可抗力でクラリスのせいじゃないから気にしなくて良いよ。普段、真面目に働いてくれているんだから少しくらいだったら寄り道してきても問題はないから、今度から何か気になる物であれば見てくれば良いよ。それにしてもコレットが今度はクラリスにまで言いに行ったか……」


 直人は2人を追い返した後もやはり何か援助してやるべきか?という考えを持っていたが、そんな考えも一瞬で消えた。もう少し努力しろと言ってから1週間も経たない内にクラリスを頼って来たのだから、考え直すのもある意味当然だといえた。直人には、同じ元奴隷であるクラリスであれば自分達の味方をしてくれるに違いないとコレットが判断したとしか思えなかったからだ。


「まぁ、今回はクラリスに実害が無かったから良いけど今後実力行使に出てこないとも限らないからな……。ソフィーヌはともかくコレットは激情型の人物だし何か対策が必要か……。もしかして、今日も身に危険を感じる事があった?」


「いえ、今日は肩を激しく揺すられたくらいでしたので危険というほどではありません」


「なるほど。まぁ、念の為2,3日以内には護身用の魔導具を用意するから、それまで外出は控えてくれないか?」


「い、いえそこまで危険なものではありませんし大丈夫です!」


「気にする事は無い。これは俺が引き起こした問題だからな。俺が対応を講じるのは当然だ」


 ただでさえ厚遇されているのに、これ以上魔導具といった高価な物は受け取れないとクラリスは恐縮して拒否し続けたが、直人の強い押しによって最終的には提案を受け入れる事になった。それから2日後、喫茶店で働くクラリスの胸元には、防御用の魔法が掛けられたネックレスがかかっていた。





「お茶会ですか?」


 既に常連客となっているブノアのお願いに直人はきょとんとする。


「この店はご婦人方が多いでしょう? 私とかは別に気にならないのですが、同僚達の中には入り難いという奴もいまして。なら、貸切にしてしまえば入れるだろうという事になりました!」


「はぁ……。でも、喫茶店ならこの店以外にも美味しい所は一杯あると思うんですが……」


「そんな事ないですよ! この店の料理は普通に美味しいです。それに、庭園が綺麗だと女子職員が話すもんですから一度見てみたいと興味を持つ奴も多いんですよ、本当に。ですので、無理にとは言いませんが、お茶会を開きたいなぁっと」


 お茶会というものに対して具体的なイメージを思い浮かべようとするものの、人生においてお茶会なるものを経験した事の無い直人にはご婦人方がお茶を飲んでいる絵しか出てこなかった。自分の貧相な想像力を恨めしく思いながらも、恥を忍んでブノアに質問した。


「今までお茶会という高尚なものはした事がないので出来るかどうか……。お茶会って言わばティーパーティですよね?」


「いやいや、そんなに大層なものではないですよ? 今回の場合は庭園……つまり屋外でする訳ですから外にテーブルやイスをセットして、喫茶店のメニューにあるお菓子やサンドイッチなどの軽食を用意してくれれば問題なしです!」


「うーん……。何人くらいになります?」


 直人の質問に、ブノアは指折りしながら数え8人ですと答えた。


「それくらいであれば同時に給仕するのは大丈夫そうですね。お受けします。で、日程はどうしますか?」


「本当ですか!?ありがとうございます! あー良かった交渉失敗したら同僚にいびられる所でしたよ!で、日程ですが……」


 そして、2人の話し合いの結果、再来週の定休日にお茶会が開く事が決まった。





 小規模とは言えお茶会を開く事が決まった以上、お茶会用の料理を決めないといけないという事で直人達は試食会をしていた。2人は目の前に作った試作品の料理も含め1つ1つ食べていたが、いいかげんお腹も大きくなったのか段々と食べる速度が遅くなっていった。もう食べられないと感じたのだろうか、直人が試食会の終了を宣言した。


「やっぱり……お茶会に出すお菓子って難しいな……」


「そうですね。男性向けという所が特に難しいです」


「だよなぁ……。まぁ、ブノアさんは喫茶店のメニュー通りで良いと言ってくれているけどそのままというのも店として問題だしなぁ」


 やっぱり、お茶会なんて引き受けるんじゃなかったかなぁと、直人は珍しくやる気を出した過去の自分の事を呪うしかなかった。半ば自己嫌悪に陥っていた直人はクラリスの声によって現実に引き戻された。


「では、他の喫茶店や飲食店に行ってみてはどうですか?」


「ん? なるほど……。よし、明日から夕食は全て外食にするか。全て店の経費で出すからクラリスもついてきて。流石に1人で外食は気が進まないから」


「はい。よろこんで」


 方針が決まったので、とりあえず腹ごなしに行きますかと2人はお茶会用の食器等を揃えるべく食器店に向かって歩き出した。







「これはうまいな……」


「うむ。初めて食べるが悪くない」


 身なりのしっかりとした男達は、陶器に入ったプリンが気に入ったのか必死にスプーンを動かし口に運んでいた。おかわりを希望する者も居たので、クラリスに厨房へ取りに行かせ直人自身は給仕に徹していた。丁度ブノアの番に差し掛かった所、満足そうな顔をしたブノアが声をかける。


「本当にこのプリンというのは美味しいですね! 初めて食べましたが、直人殿の創作ですか?」


「いえ、ヨークシャー・プディングのアレンジですので創作という訳ではありませんよ。外食した時に、この材料で何かできないかなぁっと思って自分なりにアレンジしてみました」


「いやいや、ここまで来るともうオリジナルですよ! これは店のメニューに載るんですか?」


「はい。もう少し色々試してみる予定ですが、近日中には喫茶店で出そうと思っています」


 楽しみですと既に注文する気満々になっているブノアの輝いている眼から、直人はそっと眼をそらした。現代日本で売られていたプリンを自分のオリジナルとして提供した事に後ろめたさを感じたらしかった。だが、故郷で普通に作られていたといえば自分の出身地に疑念を持たれかねないのでオリジナルと答える事ができなかったらしかった。急に、気まずそうにし出した直人を見て、何か気に障る事を言ってしまったのかとブノアは違う話題を振る。


「直人殿が喫茶店をやろうと思われたのは、やはりこのような美味しいお菓子を作れるからですか?」


「いえ、それが理由ではないですよ。全く関係ないという訳ではありませんが、主要な理由は別な所にあります」


「といいますと?」


 積極的な様子のブノアに直人は苦笑しながらも説明していく。人と触れあう仕事をしたかったこと。友人を作りたかったこと。なるべく冒険者や魔法使いとしてでは無く一般人として仕事をしたかったこと等を理由に挙げた。なるほどなるほどとブノアは納得した様子で続きを促す。


「それで飲食店にする事にしたのですが、普通の料理屋にすると冒険者からの勧誘がひどいかなぁっと思いまして喫茶店にしました。庭園とかを作って店内に花を活ければ男の冒険者って入り難いだろうと。まぁ、実際に開店してみると縁談を持ち込まれる事になったので成功したとは一概には言えませんが」


「魔法使いの方と結婚すれば安泰ですからね、結婚相手としては理想的だから仕方ないですよ? 領主館の役人や騎士なども優良物件だと狙われてますし」


 本当に大変ですよねぇと共感するように言うブノアに他の男達もそうだそうだと頷いた。結構皆同じ思いをしているのかと直人は心労が緩和されたように感じる。なんでも人に言ってみるものだという思いを抱きながら。


「まぁ、今では領主館の方に薬草の提供もしていますし、農業関係の方にも携わっていますが本業は喫茶店ですね」


「薬草の件は本当に助かっていますよ! 今まで不足しがちだったのに、直人殿が卸してくれるようになってからは常備できるまでになりました!」


 それは良かったですと言いながら直人はクラリスが持ってきたパイを切り分けと配膳していく。この世界のお茶会といえば基本的に初めに全品出てくるので、1品1品順番にお菓子や軽食が出てくるという直人の取った方針は変則的なものであった。それゆえ、最初は戸惑っていたブノア達も、お茶会の中盤を迎えた頃には慣れたのか、ためらう事も無くそれぞれ口に運んでいく。そうこうしている内にお茶会は終りを迎えた。





「なんとか終わったなぁ」


「はい。無事終わりました」


 慣れない作業に緊張しぱなしだった直人達は食堂でへばっていた。料理をするのも外食に行くのもめんどくさいと空間魔法で保存していたサンドイッチを2人はぱくついていた。食事も終り、食後のお茶を飲み始めた頃、クラリスは不安そうな顔をして直人に尋ねる。


「直人様は国家公認の魔法使いになられるのですか?」


「うーん、このまま定住するならそうしないと駄目だと思う。ギルド員として滞在もできるが定住となるとやはり国籍を取得しないと色々問題が出てくるからなぁ」


「そうなると喫茶店は辞められるのですか?」


「多分、続けるのは無理だと思う」


 直人はブノアから聞いた話を思い出しながらクラリスの質問を肯定する。ブノアによれば、国家公認の魔法使いになれば高給を始め住居や使用人も提供されるといった特権の代わりに色々な義務を負うという。義務の具体的なものとしては、魔力を無駄に使わない事や移住の制限といったものだった。この義務の内容を果たせば、緑魔法を駆使して食材を入手し、空間魔法を使い食事を保存するばかりか、店や館で使用している魔導具に魔力を込めるという直人の魔法を前提とした喫茶店経営は確実に破たんする事が明らかであった。


「魔法の問題もあるけど、国家公認の魔法使いになれば多分この街には居られないと思う。ブノアさんが曰く、国家公認になればある程度講習を受ける必要があって、その為には王都に行く必要があるらしいからね。あとは、実力があれば免除されるらしいけど魔法学院に通わないといけないかもしれないし」


 国家に所属すると振りかかって来る面倒事を思い出し憂鬱になったのか直人は溜息をついた。今の話を聞き、なにやら真剣に考えている様子のクラリスを見て直人は以前から考えていた事を話す事にした。


「あぁ、心配しなくて良い。クラリスの再就職先は見つける予定だし、なんならこの館や畑を譲るから喫茶店を続けたり農業もする事もできるから。両親の事も考えて、その場合は2年ほど管理人として働くという契約になるけど、両親の干渉は防げると思う」


 金貨1,000枚……日本円にして1億円以上の財産を元奴隷に譲るという直人の突拍子も無い提案にクラリスは衝撃を受けた様子で考え込んだ。これが元奴隷を愛人や妻に迎えたというのであればまだ納得できるものの、一使用人にすぎない自分にここまでする意味がクラリスには理解できなかったからだ。そして、この提案はクラリスにとってあまりにも魅力すぎた為、即座に断るという選択肢が出てこなかった。


「まぁ、すぐに決める必要はないからこれから決めていけば良い。正直、神眼クラスの魔法使いとなれば住居も国が用意してくれるし、給金も多いからあまり金はいらないんだ。だから欲しければ欲しいと言ってくれても良いよ」


「しばらく考える時間をください」


「うん、じっくり考えて結論を出してくれたら良いから。決まったら教えてくれ」


 なんでも無いといった風に話を進める直人に対して、クラリスはただただ困惑を隠せずにいるだけであった。







「聞きたい事がある?」


「はい。決める前にどうしても聞いておきたい事があります」


「うん。何でも聞いてくれて良いよ。分かる範囲でなら答えるから」


 クラリスに今後どうするかと質問した数日後、相談があると言われ直人はクラリスから質問を受けていた。


「その失礼かもしれませんが、直人様はどうしてこうも良くしてくださるのでしょうか?」


「えっと、今回の館とか畑とかを譲るという事?」


「それもありますが、買った奴隷を何の見返りも無く解放してくださったり、資金を与えてくださったりという事も含めてです」


「うーん、クラリスは俺がどうしてそんな行動を取ったと考えているんだ?」


 まさか、奴隷を所有し続けるのが負担だったからという訳にもいかず直人は質問に質問で返す。人によっては不快に感じるであろう明らかなはぐらかしであったが、特に文句も言う様子もなく少しの間が開いたもののクラリスは自分の考えを述べる。


「初めは、こう言ってはなんですが貴族の方や魔法使いの方の自己満足の為かと思ってました。ごく稀にですが、正義感の強い若い権力者の方によって奴隷が解放される事があるという話は奴隷仲間から聞いた事があります。ですので、直人様もそうかと思ってました」


 すごく失礼な事を言っているという自覚があるのか、クラリスは直人の顔色を窺いながら恐る恐る話をしていく。もっとも、直人はそんな風に思われていたのかと新しい発見をしただけであり、特に気分を害したという事は無かった。


「なるほど。そういった人らが居るんだったら俺もそうだと思われるだろうな。でも思っていたという事は違うというわけか?」


「はい。正義感が強い権力者の方であれば大抵もっと褒め称えられたりする事を望むと思うんです。奴隷仲間から聞いた話でもそうでした。ですが、直人様はそういった事を逆に避けているように感じられるんです。そう考えると、何故直人様が私達に良くしてくださるのかが分からなくて……。大変失礼な事と思いますが、決めるにあたってどうしても聞いておきたいと……。もちろん、言いたくないという事であれば無理にお聞きする事はありません」


 この質問によって下手をすれば今の関係が壊れる可能性に気付いているらしくクラリスは苦しそうにではあったが、この問題を避けて通る事はできないと決めたのか真剣な眼付で直人の眼を見つめていた。何気なく聞かれたのであれば直人は間違いなく適当に答えていただろうが、真摯に向き合ってくれる人物に対して失礼な対応をする訳にもいかず、少し悩んだものの直人は自分の考えを言う事にした。


「話せば長くなるんだろうけど、クラリス、君って何かしたい事とかある?生き甲斐といったものでも良いかもしれないけど」


「え?生き甲斐ですか?」


「そう。生き甲斐」


 今の生活に満足していますと困った風な解答を聞き、直人は何度も頷いた。まるで、その返事が聞きたかったと言わんばかりに。


「正直に言うと、クラリス達を買った時には俺には生き甲斐というものが無かったんだよ。だから、生き甲斐というか自分の生きる意味みたいなものを見つけたかったんだ」


「……」


「冒険者をしていても生き甲斐といったものを感じたから、どこかの街で何かしてみようと思ったんだ。いや、本当の所は寂しかったんだろうね。だから、奴隷を買わないかと言われた時に思わず頷いてしまったんだと思う。だけど、奴隷とご主人様という関係では寂しさが紛れる事も無くね、期待してしまった分だけ余計に寂しくなってしまったんだよ。だから、奴隷を手放す事にした。といっても、奴隷を転売して何か酷い目にあったとしたら罪悪感を感じてしまうだろうから解放という形を取ったんだけどね」


 改めて考えてみると最低だねと自嘲気味に言う直人にどう声をかけて良いのか分からずクラリスは沈黙を通した。


「そんな優柔不断なまま生きて来たんだけど、コレットが文句言ってきた時に気付いたんだ。クラリス、君に言われてね」


「私ですか?」


「うん。君に相談した時にコレット達は人に責任を押し付けて逃げているだけだといった事を覚えている?」


「はい。そのような事を言った記憶があります」


「そう、その言葉を聞いてね。俺もコレットと一緒で逃げているだけなんだなぁって」


 そこまで話すと、直人は溜息をついた。かなり凹んだ様子の直人を見て、自分の質問からそんな風になったという自覚があったからか、クラリスは話を進めようとした。


「えっと、それで今回の提案とはどう繋がるのでしょうか?」


「あぁ。コレットの一件から色々考えたんだけどね。生き甲斐とかやりたい事とか何もせずに考え込む前に何かしてみようと思ったんだよ。それで、俺は自分で言うのもなんだけど神眼の魔法使いだからさ、魔法関係で何かしようと思ったんだ。魔導具屋や魔獣討伐それに死の森の開拓とか色々選択肢があったんだけど、得意魔法の事を考えると前線に出るよりも後衛で支援をするタイプなんだよ。ここまでは分かる?」


「はい。魔法の事はよく分かりませんが、言いたい事は分かります」


「うん。それでね、支援をするなら個人で活動するよりも体制側というか国に所属した方が良いんだ。もっとも、国に所属すると簡単に力をふるう事は出来ないし、色々面倒事もあるんだろうけど。ま、それで国に所属するとなると住居とか色んな物は用意してもらえるし、王都に行く事になるだろうからこの館とかは要らなくなるんだ。売って金にしても良いんだけど、クラリスにはお世話になったからお礼としてあげようと思ったんだ。話が長くなったけど、これがクラリスの質問に対する解答かな」


 言いたい事を全て言い終え満足したのか、直人は紅茶で喉を潤す。そんな直人を尻目にクラリスは自分なりに今聞いた事を整理しているのか、下を向き何やら考え込んでいた。それからしばらく2人とも言葉を発する事無く沈黙が続いていたが、考えが纏まったのかクラリスは顔を上げその沈黙を破った。


「お話は分かりました。そして、せっかくの御提案ですが断らせていただきたいと思っています」


「……理由を聞いても良い?」


「はい。館等の資産を頂いても私には管理できませんし、売ったとしてもその金を狙って来る人達から逃げ切る事はできないと思うんです。そういった事が予想される以上、直人様の御好意は無駄になる可能性が高いので辞退させていただきたいのです」


「そうか……」


 よかれと思ってしようとしていた事が、クラリスの話を聞き却って迷惑になるかもしれないと知り直人は自分の浅慮加減に塞ぎ込んだ。


「直人様、そんなに落ち込まないでください。直人様は私に対して後ろめたさを感じているようですが、気にしないでください。どんな理由であれば直人様が奴隷階級から解放してくださった事は確かですし、その後も良くしてくださいました。私は、直人様に感謝する事はあっても、恨む事はあり得ないです」


「……ありがとう」


 クラリスから純粋な感謝の気持ちを伝えられ、直人は泣きそうになった。この世界に来てから、表面上自分の事を賛美してくれる人はいたものの、クラリスのように心のこもった言葉をかけてくれる人物はいなかったのだから。そんな直人を見て、クラリスは優しくほほ笑みながら言葉を続ける。


「ですから、私は受けた恩を返したいと思っています。なので、直人様が王都に行くのであれば王都で奉公させて頂きたいのです。御許可頂けますか?」


「……ああ、その時はよろしく頼む」


 泣いているのか笑っているのかどちら付かずの顔で直人は頷いた。

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