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第九話

「君達を奴隷階級から解放する事にした。従って、明日、領主館に赴き奴隷解放手続きを行う。奴隷階級解放後はもうご主人様と奴隷といった関係では無くなる為、自由にしてくれて構わない」


 夕食が終り予定通り娯楽室へ向かおうとした奴隷少女達を呼び止め、直人は彼女達に通告をした。奴隷階級から解放すると唐突に言われた事で、彼女達は目を見開き衝撃で固まってしまった。彼女達とは対極のどこかひどく安心した様子で直人は語りかけるようにゆっくりと話していく。


「今、各自の部屋に置いている物……つまり与えた私物に関しては全て君達の物だから持って行ってくれてかまわない。それと、無一文だと生活が出来ないであろうから1人辺り金貨20枚ほど与えるので金銭面に関しては安心して欲しい。そのくらいあれば宿を取るにしても1年以上は泊れるであろう」


「ほ、本当に奴隷から解放して頂けるのでしょうか?」


「そのつもりだよ。明日、領主館で正式に手続きをすればその時点で君達は奴隷階級から解放される。あぁ、住む場所に関しては1カ月までならこの館に滞在する事を認めよう。いきなり宿探しというのも大変だから、その1カ月で奉公先や下宿先を探せばいい」


「あ、ありがとうございます」


 これは夢ではないかと疑うような顔をしていたが直人の答えを聞き、ソフィーヌは感激のあまり泣き出してしまった。コレットに至っては嬉しすぎて言葉も出ないらしく何度も何度も必死に頭を下げていた。そんな彼女たちを宥めていたが、いいかげん同じやりとりに飽きたのか明日は手続きで疲れるであろうから今日は早く休むようにと言い部屋へと戻らせた。その言葉に従い彼女達は興奮で顔を真っ赤にしながら自室へと帰って行ったが、その中でクラリスだけが何か考え事をするかのようにひどく沈んだ顔をしていたのが印象的であった。





「では、今から手続きを行いに領主館に行く。手続きの方法については先ほど説明した通りだから間違い無くするように。何か質問はあるか?」


 直人は明らかに寝不足で隈を作っている少女3人に確認をとったが、奴隷階級からの解放が待ち遠しいのかあからさまに緊張した様子で直人の声が聞こえていない様子であった。彼女達の気持が分からないでも無いらしく直人は呆れる事も無く注意事項等を繰り返し伝える。彼女達も少しは落ち着いたのか直人の話をおおよそ理解したらしく、何度も要所要所で頷いていた。ようやく説明を終われると溜息を付きながら最後に疑問が無いかと聞くとクラリスが何か決意した様子で手を挙げて尋ねる。


「あの、奴隷から解放された後使用人として雇ってもらう事はできますか?」


「いや、使用人は当面雇うつもりが無いので不可能だ。なので、働き口は自分らで探して欲しい。当面の資金として金貨20枚与えるので節約すれば1年以上生活できるから安心して次の職場を見つけてくれ」


「な、なら! 私は奴隷階級からの解放を望みません!」


「は?」


 クラリスの唐突すぎる宣言に直人どころか他の奴隷少女2人もありえないと言わんばかりの顔をしてクラリスの顔を注視する。そんな視線に動じる様子も無くクラリスはただ直人の眼を見ていた。まだ混乱する頭を無理やり回転させながら直人は問うた。


「この機会を逃せばもう二度と奴隷階級からの解放は無いが、それでも解放を望まないというのか?」


「はい」


 どのような思考を持って彼女がそのような判断をしたのか直人には到底理解できるものでは無かったが、困った事態になった事は確かであった。形式だけとはいえ奴隷の解放は所有者と奴隷双方の同意が必要であり、彼女が同意をしない限り奴隷階級からの解放ができないからだ。直人はここでそう決めた理由を問いただす事も考えたものの、それを聞き他の2人の意思が変わってしまう事を恐れ、直人は躊躇いながらもポケットから魔導具の指輪を取り出すと作動させた。


「ぎゃぁぁああぁぁあああ」


 突然全身に電流を流しながらも締っていく首輪に手を掛けながらクラリスは倒れ込んだ。その様子を直人は辛そうに見ていたが30秒ほど経過した時点で首輪の機能を停止した。ようやくまともに呼吸が出来るようになり、ぜぇぜぇと肩で息をしていたクラリスの息が落ち着くのを待ちながら直人は再度疑問をぶつけた。


「奴隷階級というのは主人の気分1つでこんな事をされるのも日常茶飯事だ。それでも奴隷階級からの解放を望まないというのか?」


「は……はい。望みません」


 流れた電流と首輪の影響がまだ抜けきっておらず、どこか辛そうにしつつもクラリスはきっぱりそう言いきった。


「そうか。ではクラリスに関しては帰って来てから話をしよう。では、コレットとソフィーヌついてきなさい」


「は、はい!」


 直人の事を恐ろしそうに見つつも、コレットとソフィーヌはおずおずと彼の後に続いて領主館に向かった。残されたクラリスはどこか安堵した様子で微笑んでいた。





 奴隷階級からの解放の手続きが終了し館に帰るとコレットとソフィーヌは荷物を纏めてすぐに出て行ってしまった。いくら奴隷から解放されたとは言え、いつ直人が気代わりをして自分達にも暴行を働くかもしれないと心配になったらしく、直人が与えた1カ月の滞在期間を使用する事も考えなかった。2人が去った後、直人はクラリスに詳しく話を聞こうと思ったが、既に夕食の時間に近くになっていたので先に食事を済ませると自室へと彼女を連れて行き話を切り出した。


「さて、ではクラリス。何故君は奴隷階級からの解放を望まなかったのだ? 奴隷階級からの解放は奴隷にとっての憧れと聞くが?」


 直人の率直な問いかけにクラリスは自分の生い立ちを話し始めた。田舎の農村で三女として生まれたが、家は貧しくほとんどご飯も与えてもらえず物心ついた頃から既に奴隷のように扱われていた。ただ、それでもクラリスは特に不満を持つ事なく自分に出来る限りの事をしていたが7歳の時に飢饉が発生した為、両親は食べて行く為に役立たずの二女と三女は奴隷として国に売り渡したという。その後は、奴隷として暮らしていたが実家での扱いよりも若干悪くなった程度でさほど生活的には変わらなかったそうだが、家族から売られたショックは大きい物だったらしくもう二度と家族の事を信じれそうに無いとクラリスはひどく醒めた眼をして語った。


「ふむ。クラリス、君の生い立ちは十分よく分かった。それで、その事と奴隷階級からの解放はどう結びつくというのだ?」


「はい。もし奴隷階級から解放されたとしても私はまだ成人前ですし、両親の管理下に置かれる事になってしまいます。そうなれば、あの人達にまた奴隷として売られると思うんです。そうなってしまえば直人様の御好意を無駄にしてしまいます。ですので、私は奴隷階級からの解放を望みません。それと、コレットとソフィーヌは元々両親が奴隷だったので、私のような事態にはならないといった理由から奴隷階級からの解放を喜んでいました」


 どれだけ直人の奴隷に対する扱いが良いか知っているクラリスは、再度売られて違うご主人様につく事を嫌ったらしかった。彼女の主張はひどく自己中心的なものであったが、罪悪感を感じないようにといった理由から彼女達を解放しようとした直人にとってその言葉はひどく重く感じられた。そう、ここで彼女を無理やり奴隷から解放すれば否が応でも罪悪感からは逃れる事が出来ないと宣言されたに等しかったのだから。


「そうか……。君の事情はよく分かった。今後の事は明日再度話し合うとして今日はとりあえず自室で休め」


「はい。それでは失礼します」


 クラリスは一礼をすると部屋から出て行き、後にはどんよりとした空気を纏っている直人が1人残されていた。










「昨晩、色んな事を検討したが一定の結論が出た。とりあえずこれを見てくれ」


 朝食後、直人はおもむろに2枚の紙を取り出すとクラリスに手渡した。


「借用書と雇用契約書……ですか?」


 クラリスは手渡された紙を怪訝そうに眺めるも、次第に書かれた内容が気になり真剣な眼をして読み始める。時間を置き読み終わった頃に直人は話を切り出した。


「昨晩、クラリスが言った事を纏めてみると、奴隷階級から解放はされたいがまだ12歳であり両親に再度奴隷として売却されるくらいなら俺の下で奴隷としていた方が良いといった物で間違いないな?あぁ、言葉は飾らなくて良いから素直に答えるように」


「はい。私は直人様の下で働きたいと思っています」


「喫茶店に来る客層を考えると奴隷じゃ接客を嫌う人が出てくる可能性があるので平民に接客をしてもらう必要がある。そこでだ、君にはやはり奴隷階級から脱却してもらう必要がある」


「し、しかし……」


 何か言いかけたクラリスを直人は話は最後まで聞けと遮り話を続ける。


「だから、この借用書と雇用契約書だ。奴隷というのは平均販売価格が金貨50枚前後なのは知っているな? クラリスの能力を最大限見積もっても金貨60枚といった所だろう。クラリスの両親が再度クラリスを売ろうとしても得られるのは販売価格の半額程度だから金貨30枚程度となる訳だ。ここまでは分かるな?」


「はい」


「とすればだ。クラリス、君が15歳になるまでの3年間、売値以上の借金を抱えていれば両親は君に手を出す利点が無くなるとは思わないか?」


 直人の言わんとしようとしている所を理解できないらしく、クラリスは必死に考えこむ。だが、その努力は実る事が無かったようで結局分かりませんと降参する事になった。


「いや簡単な事だ。クラリスが俺に金貨100枚程度の借金をしていれば、クラリスお前を奴隷として販売して金を得たとしてもお前の両親は俺に金を渡すだけで自分達の懐には入らない訳だ。まぁ、それだけなら不安なので、雇用契約書に借金を返し終えるまで勝手に辞める事を禁止する条項を入れ、違反時には罰金として金貨10枚程払う事にしようと思う。これなら奴隷階級から解放した所で両親は再度、奴隷として売る事はできないと思うのだがクラリスとしてはどうだ?」


 直人の話を聞き悩んでいた様子であったが、クラリスは顔をあげるとよろしくお願いしますと直人に頭を下げた。


「よし、ではまず借用書と雇用契約書を作成してから領主館に奴隷階級からの解放をしに行こう」


 直人はとりあえず第一段階はクリアできたと安堵の笑みを浮かべながら喜喜として借用書と雇用契約書の具体的な内容をクラリスに説明を始めた。





「カシュパイとジャーマンティになります。両方とも大変熱くなっておりますので気を付けてお召し上がりください」


 クラリスと雇用契約を結んでから2週間ほど経ち、当初の予定から3カ月ほど遅れたものの直人達は喫茶店の開店にこぎつけていた。といっても、フロアは直人1人で回る事になった為、直人狙いの女性に捕まってしまう事も多々あり接客の効率としてはいまいち捗っていなかったが。クラリスがフロアに出る事ができたのであればもう少し状況は改善したであろうが、少しずつ自分の思った事を言うのに慣れて来たとはいえまだまだ接客を任せられる所まで来ておらず裏方での作業をさせるしかなかったようであった。


 そういった事を除けば喫茶店は順調に回っていた。いつでも焼き立てのお菓子と新鮮な茶葉を使ったお茶が楽しめるとあって女性客に受けたようだ。もちろん、それだけでは無く希望すれば喫茶店の外に設置された直人謹製の花が咲き乱れる庭園でお茶を楽しむ事もできた事も女性客に良い印象を与えたということもあった。ただ、直人の喫茶店がこのような良質のサービスを提供できたのは全て彼の魔法に依存していた。喫茶店が開くまでにメニューにある軽食や菓子を全て焼きあげ空間魔法を付与した棚に収納することで常に焼き立ての状態で客に提供する事を可能としていたし、産地直送どころかハーブや果物に関しては併設している畑から採れたものでこれも軽食等と同様に空間魔法に保存することで常に採り立ての鮮度を維持する事ができていた。庭園に関しても直人の緑魔法があってこそといえ、喫茶店の売りにしているポイントは全て直人の魔法がなければ実現が困難な事だった。もっとも、この世界の人間からすれば何と言う才能の無駄遣いと言わざる得ない所業であったが、残念ながらこの喫茶店では誰も指摘するものは居なかった。




 少し客足が鈍りそろそろ休憩しようかなと直人が考えているとブノアが来店した。ブノアは直人に気付くと近づき手にした果物籠を渡す。


「少々遅くなってしまいましたが開店祝いです」


「ありがとうございます。さっそく使わせてもらいますね。それでお食事ですか? それともお茶にしますか?今日はお祝い返しとしてサービスさせて頂きますよ?」


「簡単につまむ物とお勧めのお菓子お願いします。あっそれと庭園の方のテーブルまで持て来てもらっても大丈夫ですか?」


「かしこまりました。それでは少しばかりお待ちください」


 庭園の方に歩いて行くブノアを見送ると直人は一礼をし厨房に向かった。




「それにしても評判通り立派なものですね! 同僚が綺麗だと言っていたので楽しみにしていたんですよ!」


「ご期待に添えたのであれば嬉しい限りです。この庭を造りあげる為に開店が遅れてしまったのですがその分満足いく出来になりました」


 お世辞抜きで本心から言ってくれているのが分かったのか直人は嬉しそうな顔をする。文字通り一から作り上げた渾身の作品ともいえる庭園だったのでその喜びはひと際大きなものであった。


「これだけ立派なものでしたら時間がかかるのも納得です。ですが、これだけ短期間で作られたとなると直人殿は緑魔法などを習得されていたりするのですか?」


 何気なく聞かれたブノアの問いに直人はしばし悩んだものの素直に答える事にした。自分の能力の全てを秘匿する事は難しい以上、能力の一端を開示することで自分に向く領主側の意識を逸らしたいという思惑もあった為である。


「はい、緑魔法の素養があったらしく簡単な植物育成であれば出来ます。一応これでも神眼持ちの魔法使いですから魔力量にはそこそこ自信がありますので、魔力量に物を言わせて成長を促進してみました」


「直人殿は優秀な魔法使いのようだ」


「おほめにあずかりありがとうございます。そろそろお茶も良い加減になったと思われますのでお楽しみください」


 そう言うと直人は他のテーブルに置かれている砂糖等の補充作業に向かった。そんな直人を見ながらブノアは満足そうにお茶を啜っていた。今、どの薬草が不足気味だったかなと考えながら。

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