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あのヒト

 診察室を出て待合室に戻ると母が奥の方でポツリと腕を組んでうつむいていた。あたしがそーっと近づいて目の前に立つと母は気付いてあたしに目をやったが言葉は出てこなかった。あたしも黙って距離を置いてソファに腰掛けた。重たい空気、あたしはこの人といるのがとてつもなく嫌いだ。胃がまるで軋むような痛さだ。

「安達さーん、安達美優さーん。」

 甲高い声が受付から飛んでくる。あたしがのそっと立つと前の席に座ってたいかにも頭のいかれてそうなおばさんがこっちを睨むように見る。何となくあたしもにらみ返すように見ていると

「早く行けよ。」

と母が強い口調で言う。何様なんだお前はとも言えずあたしは黙って受付に進んだ。

「じゃあ取り換えず五日分のお薬出しときますねー。」

と言って受付のお姉さんが処方箋を提示し会計を始める。値段を聞いてたかがあんな診察だけでこんなに取るのかとため息が出た。何様なんだ、どいつもこいつも。


「眠剤(睡眠薬)は処方された分だけにしろよ。」

母は車に乗り込むと言う。あたしは返事をすることなくうつむいていた。

「へたすりゃ死ぬんだから。」

そんな事はもう何年も前から知っている。大した数じゃ死ねないという事や、戻してしまいやすいこともとっくのとうに知っていた。

「あたしなんか毎晩毎晩仕事で酒飲んで、眠剤飲んで…いつ死ぬんだか。」

じゃあ、仕事辞めたら?と言いたかったが黙っていた。父の稼ぎで貰うお金で充分ブランドでも旅行でも行って、何不自由ない母が夜の仕事をするのは何だかんだ夜の仕事が楽しいからなんだ、きっと。あたしは小さい頃そんな母に父が「男好きなんだよ、あいつは。」そう言うからふしだらな女なんだと思っていた。現に今も高いダイエット食品にはまっていい歳してダイエットに励む姿や、無駄に派手な下着、胸元が大きく空いた服を着ている母を見ると何だかぞっとする。


「今日親父帰ってこないみたいだから、居酒屋で飲むか。」

その日は父が秋田に毎年恒例の出張で二日間帰らない日だった。

「どうなんだよ。」

選択支なんて無いのを知っていたからあたしは黙って頷いた。

 向かった地元の居酒屋に着くと母は入り口で靴を脱ぎながら

「お客さんいるけどいいだろ?」

と聞いてきたが、あたしははじめからわかっていた。

「うん…。」

本当は嫌だった。客だからと言っても、そのおやじと母はできていた気がしたし、何といっても子供の前だというのにぶりっこで話す母が凄まじく気持ちが悪かった。それにそんなおやじに愛想よく接せられる自信もなかった。

「お待たせー徳永さんっ」

そう母がいう先にはニヤリと笑みを浮かべ、酒で少し頬が赤らんだあのおやじが座っていた。

「美樹ちゃーん、と?子供?!」

そういうとその親父はあたしに向かってにっこり笑いかけてきた。あたしが苦笑いで返すと

「おっきいんだねー。」

「そう、今年でいくつだっけ?」

と、話が振られ

「…18です。」

と、ぼそりと言うと母があたしにひきつった顔を見せ

「ごめんねーなんか人見知りなのこいつぅ!」

と、馬鹿みたいにぶりっこで言う。

「あ、そうなんか!大丈夫だったの?つれてきちゃって。」

「気にしないでよぉ、暗くてどうしようもないんだから。」

そうさせているのはあんただよ、と思いつつ母に怒られるのが嫌で必死で作り笑いをした。

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