ブルドックおばさん
「お名前は?」
真っ白い部屋に、医薬品の匂い。
「安達美優。」
部屋には校長が座るような机とパイプ椅子が一つ。
「みゆうちゃん、うんうん、可愛い名前ね。」
沢山の漢字だらけのタイトルがつけられた分厚くて渋い色した本達。
「じゃあ、ちょっとお話してこうね。」
目の前にはブルドックみたいな顔した色白で化粧の濃いおばさん。あたしは静かに頷いた。
「みゆうちゃん、どんな意味の名前なんでしょうね?」
おばさんからは化粧臭い…というかなんというか独特な匂いがした。
「知りません。」
名前の意味なんて気になりもしなかったし母がつけたこの名前は嫌いだった。
「美しく優しく育ちますようにって意味かもねえ。」
「…はあ」
美しく優しく、馬鹿馬鹿しい。もしそうだとしたらあたしはそれに程遠い。
「聞いてみたら?」
あたしは今年十八になるというのにこの喋り方。真っ白くてふっくらした手を組みながらブルドックおばさんは左に首を傾けてあたしを覗き込む。垂れ下がった頬に反して口角をきゅっと挙げて目を細めにこやかにしている。
「別に…興味ない。」
あたしはそう吐き捨てると視線を下にやり右手の人差指の剥げたネイルをぺらりとめくった。パリパリっと音が立つようにマニキュアはパラパラと剥がれていった。真っ赤なネイルが剥げていって少し白くなった爪が見えた。
「お母さんがつけたのかな?名前はその子にはじめにあげる愛情だからね。」
愛情…その言葉に何だか苛立ちを覚えてあたしは視点を人差し指からブルドックおばさんに変えた。ブルドックおばさんの目はしわが寄って細くて、その中にある瞳は真っ黒で光が差し込んでなくて、この人何考えてんだろうって目をしていた。あたしがまっすぐその目をみても反らされることはなく、なんていうかもうその目はあたしを見てるようにも感じられなかった。
「はあ…」
あたしは大きくため息をつくとまた視線を下にやって足を組んだ。パイプ椅子が鈍い音をたてた。静かな部屋にその音がやたら響いた。
「うんうんうん、眠れないのはいつからかな?」
「…二か月くらい前。」
「うんうんうん…。」
ブルドックおばさんはそう言って頷くと目の前にあったカルテに何かを書き始めた。
「何かきっかけがあったのかな?それとも急にかな?」
きっかけ…あったとしても何故こんなブルドックみたいなおばさんに話さなくちゃいけないのだろう、そう思ってあたしは小さく
「や、特には。」
というとブルドックおばさんは
「そっかー、うんうんうん。」
と、にこやかに頷いて見せた。
「じゃあ、ちょっと眠れるお薬出しとくから様子みてみよっか。」
「…はあ。」
そういうと呆気なくじゃあもういいよと言われて診察室を追い出された。




