【2-3】思わぬ一撃
その後もテストは続いた。魔法の射程距離、魔力の総量、そして魔力因子の頑強さ。流れ作業のように行われるテストにシルヴァは変わらず淡々と続ける。
──シャーロットとステラの張り合いは対称的に、徐々に激化していった。
「随分と少ない魔力ですこと。お金が無さすぎて売ってしまいましたの?」
「貴女と違ってガス欠にはならないから。……あれ? 疲れてる? もしかしてさっきの中級魔法を撃っただけで魔力因子が焼き付いてるの? 可愛い魔力因子ちゃんだね」
魔力因子とは酸素を媒介として魔力を生成する細胞にある因子のことだ。多ければ多いほど魔力を多く作り出せるが、その文体に使われる酸素が減るので身体能力が落ちる傾向にある。
そして急激に魔力を作り出すと因子が一時的に焼き付いてしまい、魔力を作り出すことができなくなるのだ。
「あ? スラムの犬が生意気な口を叩きますわね。見た目で取り繕っても、泥と埃に塗れた中身は変わらないのですわね」
「むふふ。いい、凄くいい。私が求めてたのはそういうの。ほら、もっと煽りなよ。私をもっと楽しませて」
バッチバチの二人はすぐにクラスの間に野次馬根性を湧かせた。
方やスラム育ちの美少女。方や名門の天才令嬢。情報としてはこれだけで十分。しかも両者ともに成績はトップ。湧かない方が失礼と言うものだ。
「なんかあの二人が喧嘩しそうだって!」
「え、見たい見たい!」
クラスメイトの注目は全て二人に集まっていた。──残されたヒナタは自分の得点を見てガックシと肩を落とす。
「全部平均点以下……うぅ、シャロちゃんは煽っちゃうしぃ……」
初日からあんまりにもいいとこ無し。ヒナタは火花を散らせる二人を遠目で見るしかなかった。
テストは終わりを告げた。結果は──同点。一点の差もない。
「……つまんない」
勝ってるならさらに煽って喧嘩を売らせたかった。負けたなら、それはそれで後から逆転すれば気持ちよくなれた。しかし同点とは。
クラスメイトたちは『すげぇ!』との声を上げているが、当の本人は至極つまらなそうにしている。
だが──同点という結果はステラも気に食わなかったようだ。
突っかかってくるシャーロットの態度にも。魔法ではなく魔術を使い、しかもそれがサイコロを振ってバフを得るなどというふざけた能力にも。
そして何よりも自分がそんな相手と同点だということを──。
「シルヴァ先生」
「ん? どうしたの?」
「──模擬戦をしてもよろしいでしょうか。あの女と」
模擬戦。魔法や魔術を使用し、相手を場外に落とす、もしくはダウンさせるというシンプルな決闘。特にグリモワール学園では活発に行われており、ほとんどスポーツと化していた。
──模擬戦をしてもいいか。──あの女と。
予想外。そして予想以上。まさかそれほど自分を叩きのめしたいと思っているなんて。
シャーロットは頬を赤らめながら歓喜の表情。スキップしながらステラの元までやってくる。
「いいの? 私にぶちのめされて泣いちゃうかも。ご令嬢の涙は高く売れそうだね。もしかして、アストラル家って悔し涙を売ってお金持ちになったのかな?」
「……あ?」
自分の家の侮辱。誇り高き血統をバカにされた。だが──何よりもステラの琴線に触れたのは、直前の言葉である。
「誰が、誰を、ぶちのめすってぇ……!?」
シャーロットの額に頭を叩きつけながら睨みつける。
「私が、貴女を、ぶちのめすって言ったの。聞こえてないならもう一度言ってあげようか?」
ステラの頭を押し返しながら言った。
言葉の節々から歓喜の感情が読み取れる。ステラは何よりもそれが腹立たしい。
「……バッチバチだねぇ。ま、いいよぉ。面白そうだし許してあげましょう!」
周囲から歓声の声が上がった。スラムの美少女とアストラル家のご令嬢の戦い。それを間近で見られることになるとは。もはや盛り上がらない方が失礼というものである。
睨み合う二人の目付きは変わらず。ステラは敵意、シャーロットは期待の眼差しをぶつけ合っていた。
* * *
「シャ、シャロちゃん! さすがに無茶ですよぉ!」
やってきたのは石畳の模擬戦舞台。アリーナと呼ばれるこの場所は決闘場所としてよく使われている他、『アリーナで付き合ったカップルは長持ちする』という噂からカップル生産所としても有名である。
まぁ今はそんなこと関係ない。舞台の下でストレッチをしていたシャーロットにヒナタは手をブンブン振りながら進言した。
「相手はアストラル家のご令嬢ですよ!? まともに戦えば絶対に勝てません!」
「でもテストの点は互角だった」
「あれは魔法や魔術のみを基準としたもの! アストラル家は代々決闘の訓練もされてて、一体一は騎士団団長にすら勝てるって言われてます!」
「へぇ──いいね」
ヒナタの言葉を聞いてむしろシャーロットはやる気を出してきた。そんなにも強い令嬢が敵意を持って倒しに来る──考えるだけで胸が踊ってきた。
「良くないですよぉ! シャロちゃん、絶対に倒されちゃいますぅ!」
「そうかもね。倒されるかも。一撃で負けるかもだし、接戦になってギリギリで負けるかも。……あぁ、考えただけでも興奮してきた」
「あぁもう変態! シャロちゃんは変態です! スリル大好きの変態さんですぅ!」
変態──それは少しいただけない。シャーロットは自然と垂れてきた涎を拭きながら反論した。
「人のことを変態って呼ばないで。普通の人はギリギリからの逆転をあんまり味わったことがないからそんなことが言えるの。誰だってあの感覚を味わえば虜になるよ……むふふ」
「うぅ……怪我しても知りませんよぉ」
「大丈夫。私はね、確かにリスクが好きだよ。でも──負けるのはあんまり好きじゃない」
──シャーロットは手の中からサイコロを生成する。
「リスクを乗り越えて勝利する。誰からも期待されてないところで逆転する。一度完膚なきまでに叩きのめされた相手にリベンジする──。私が望むのは圧倒的な絶望からの大逆転。最初から最後まで勝利のみを私は考えてる」
「……で、でも、それで負けたら恥ずかしくないですか?」
「むしろ恥ずかしい方がいい。後でリベンジする時のスパイスになるからね」
相手は決闘に慣れている様子だ。力は互角、もしくは若干相手が上──ならば、今回は最初から本気を出してぶつかり合う。真正面から炎を出してくる相手に真正面から立ち向かう。これぞシャーロットが求めていたヒリヒリだ。
「──『丁』」
偶数を指定してサイコロを投げる。運命の一瞬。その出目は──合計三。
「……あ」
……。アリーナの上には既にステラがいる。魔法も出して準備は万全。焼き付いた魔力因子も回復してしまっているようだった。
「……シャロちゃん。サイコロをもう一回投げられるようになるのは、どれくらい……」
「三分後だね」
「──やばいじゃないですかぁ!?」
大ピンチ。初手いきなり下振れを引いたせいで、あと三分間はサイコロすら投げられない。魔法もほとんど使えない素の状態で戦わなくてはならなくなった。
「何してるのシャーロットちゃん? 早くアリーナに上がりなよぉ。ステラちゃん怒ってるよぉ?」
「シ、シルヴァ先生! シャロちゃんは今、その、色々ありまして──」
「──ごめんなさい。すぐに上がります」
なんとシャーロットはそんな状態でもアリーナの階段を上り始めた。
「シャロちゃん!?」
「大丈夫。言ったでしょ、私はハラハラするのは好きだけど、負けるのは好きじゃない。──秘策がある」
「ひ、秘策ぅ……?」
確実になにか悪いことを考えている笑みをヒナタは見逃さなかった。が、止める間もなくシャーロットはアリーナの石畳に足を乗せる。
──アリーナに上がったシャーロットをステラは睨みつける。
「遅かったですわね。怖くて泣いてるのかと思いましたわ」
「そっちは今のうちに泣いておかなくて大丈夫? 負けた時の悔し涙を見られるのは嫌でしょ?」
気合い十分。舌戦も引くことのない二人。待ちかねていた戦いにクラスメイトたちは大盛り上がり。シルヴァは二人の間に立ち、手を掲げた。
「ルールは簡単。どっちかが気絶、戦闘不能になる。もしくはアリーナの外に落ちた方が負けだよぉ。制限時間は特に決めてないから、自由に戦ってねぇ」
ステラが構えた。魔法は始まる前から展開されており、灼熱の炎が周囲に滞留していた。
対するシャーロットは──無構え。両手を垂らして優雅に立っている。
「とことん舐める気ですわね……化けの皮を剥いでやりますわ」
「私の皮なら高く売れそう。家宝にしていいよ?」
熱は十分。シルヴァの手は──下ろされた。試合開始の合図──。
即座に炎を収縮させて魔法を放とうとする──が、ステラの手は止められた。
「……は?」
理由は絶対に目の前の光景だ。──シャーロットが土下座しているという、意味不明な光景のせいである。




