【2-1】可哀想な子×2
「シ、シャロちゃん! お互いに受かって良かったですねぇ!」
「ヒナタ。生きてたんだ」
「生きてますよ!? 酷いなぁ!」
──グリモワール学園初日。時間は少しだけ巻き戻り、二人は学園の寮へとやってきていた。
「……シャロちゃん荷物少ないですね。服とか、下着とか……だけですか?」
「? 他に何持ってくるの?」
「そりゃあ本とかの娯楽用品ですよ! あとはぬいぐるみとか。私はえっと──ほら! ずっと昔から持ってるぬいぐるみを持ってきたんです!」
シャロはヒナタが持ってきたお世辞にも可愛いとは言えないクマを見て息を漏らした。
「……ペットは飼い主に似るって言われてるけど、ぬいぐるみも飼い主に似るの?」
「……それ遠回しに私のこと可愛くないって言ってません!?」
「場合による。私基準だとヒナタは可愛くなくなるけど、一般人が基準だと可愛くなるよ」
「褒めてないでしょそれ! 普通にシャロちゃんが可愛いから否定できないけど!」
自分の容姿に絶対の自信を持ち、その自信に見合うだけの容姿はしている。自己評価がよろしくないヒナタは羨ましいような羨ましくないような表情を浮かべながら寮の中へと入った。
「安心して。ヒナタにもいいところはある」
「私のいいところ……どこですか?」
「おっぱい」
「セクシャルハラスメント!」
シャーロットは容赦ない平手打ちを食らった。
* * *
グリモワール学園にはAからFまでの六クラスが存在する。シャーロットとヒナタは運良く同じクラスの『Eクラス』となった。
「部屋は違いましたが、クラスは一緒で良かったです」
「ヒナタは友達できなさそう。私と同じで良かったね」
「う、反論できない……」
シャーロットが教室の扉を開けて──入った。
中には個性豊かな生徒たちがいる。燐光を舞わせて本を読んだり、どこからともなく現れたスポットライトに照らされたり、重力に逆らって逆さで本を読んだり。
どいつもこいつも一癖も二癖もありそうな人ばかりだ。──これは期待できる。この先起こるであろう蹴落とし合いを想像してシャーロットはニヤニヤが抑えられなかった。
──そして、教室内の生徒たちは騒がしい喧騒がピタリと止め、入ってきたシャーロットに目を丸くした。
特徴的なピンクの髪に綺麗な碧の瞳。だが何よりも目を引いたのは──その美貌だ。
この学園は顔面偏差値がかなり高い。通り過ぎる人はみんなイケメンやら美女が多いのだが、それを加味しても凄まじい顔の良さ、面の良さ。例えるならば、深い森の秘境にある花畑の中でも特に目立つ一輪の花のように。
「……? 静かになった」
「うぅ……」
男女関係なく見惚れさせる美貌、そして意図せずとも漏れてしまうカリスマ。
……その後ろを歩くのは自信なさげな少女。ヒナタはシャーロットの放つ光によって、影にすら隠れられずトゴトゴと後ろについて行くのだった。
初っ端からこうも目立てばクラスの注目の的になるのは当然のこと。シャーロットが座った席にはアリのように生徒が群がっていた。
「ね、ねぇ! 貴女名前は!?」
「シャーロット・アクレミス」
「可愛い……それに髪綺麗! なんのシャンプー使ってるの?」
「なんかオレンジ色の容器のやつ。おじいちゃんがいつも買ってきてくれてるから知らない」
どうやら他のクラスどころか、他の学年の生徒たちまでやってきているようだ。とんでもねぇ美少女がやってきている──その噂は即座に広がり、一目見ようと教室の外には人だかりまでできていた。
──シャーロットの後ろの席となったヒナタは集まってきた生徒たちに揉みくちゃにされている。
「やっぱりシャロちゃんは凄いなぁ……もう皆の人気者」
最初に会った時から並々ならぬ雰囲気は感じていたが、予想以上。物理的にも精神的にも遠い場所に言ったような気がして、ヒナタは少し悲しくなった。
「どこの学校から来たの? やっぱり王都の方から?」
「えー違うでしょ。この感じはアフロディーテだ!」
「……? 学校には通ってなかったよ?」
「……へ?」
──シャーロットの言葉に一同は静まり返る。
「私はガラングラムで育ったから。ずっと路上でおじいちゃんとかと生活してきた」
「へ……へぇ、そうなんだ……」
──ホームレスやストリートチルドレンは『はぐれ者』としてみなされる。普通の人はホームレスを見れば息を止めて足早に通り過ぎ、過激な者となると何もしてないのに危害を加える場合もある。
それが普通なのだ。乞食なんてしようものなら、明日の食べ物すら踏み潰されるような。道端に落ちているゴミの方がまだいい扱いを受けているほどの存在だ。
普通ならこのようなエリート学園に入学できるはずもなし。エリートたちと同じ空気を吸ってるはずもなし。
すぐにハブられ、虐げられ、底辺カーストに真っ逆さま──とシャーロットは想定していた。
「──大変だったね……」
──が、現実は思っていたのと違った。
「こんな可愛い女の子捨てるなんてご両親も馬鹿なことしたよねぇ」
「じゃあホームレスだったってことでしょ? お金とか足りないんじゃない?」
「足りない物があったらすぐに言ってね! なんでも買ってくるから!」
なんとシャーロットを慰めるような、元気づけるような言葉が次々と放たれたのだ。
基本的にホームレスはみすぼらしい格好をしており、不潔で不衛生で臭い。だから嫌われるのだが、シャーロットはルゥたちによって清潔感が出るようにシャンプーやら香水やらを買ってもらっていた。
よく見れば路上生活の名残りが見えてはくるが、それを差し引いても美しいことには変わりない。だから『みすぼらしいホームレス』ではなく、『事情があって路上生活をする可哀想な美少女』として見られたのである。
思っていたよりも受け入れられたことにヒナタは胸を撫で下ろす。シャーロットは変な子だが虐げられるのを見たくはない。だからこの場所で平穏に過ごせそうで良かったと──思っていたのだが。
どうやら本人は違うらしい。『スラム育ちの自分は最底辺からのスタートになる』と聞き楽しみにしていたのに、蓋を開けてみれば『可哀想』『困ったことがあれば言ってね!』と言われる始末。
「……つまらない」
シャーロットのため息に周囲の生徒は凍りつくような感覚を覚えた。
「なんで? 私はスラムで育ったんだよ。なんで? なんで甘やかすの?」
「え、だって……」
「もっと罵倒してよ。虐めてよ。『お前みたいな臭いのが私たちと同じ土俵に立とうとするなんて片腹痛いわ』とかさ。バケツの汚水をぶっかけるとか、机の上に落書きするとかさ」
「いや、それしたら私達も臭くなるし……あと机は学校のものだから落書きするのダメだし……」
「そんな正論聞きたくない。もう、つまんない。これなら私のことを叩いてきたヒナタの方がまだマシ」
「……へ?」
叩いた──周囲の視線が全てヒナタへと降りかかる。
シャーロットのことを叩いたヒナタ。このカリスマ溢れる美少女を叩いたヒナタ。──マジか。生徒全員の思考が一致する。
「叩いたんだ……」
「こんな可愛い女の子を叩いたんだ……」
「初対面で叩くんだ……こわ」
「え、ちょ、違います! いや叩いたのはそうですけど、あれはシャロちゃんが変なことするからで──」
──ヒナタの言葉を遮るように、教室の扉が開かれて教師が中へと入ってきた。
生徒たちはヒナタにすんごい目を向けながら席へと戻っていく。反論しようとするが──叩いたのが事実なせいで反論できない。反論できないことばかり起きてしまう。
「シャ、シャロちゃん……!」
「むぅ。つまんない。もっと虐げられることに期待してたのに」
「おかげで私の方が虐められるかもじゃないですかぁ……!」
ヒナタの悲痛な叫びはシャーロットには届かず。シャーロットは不満げに頬を膨らませるのだった。




