【1-5】期待に応えるのがギャンブラーという生き物
迷路は後半になるにつれて熾烈さを増していった。
最初は殴るだけしか脳のないゴーレムばかりだったが、雷撃を出してくるもの、爆発するもの、それに魔法が反射されるものまで多種多様なものが出てき始める。
最初にルアーが言った『他の受験生への攻撃はあり』というルール。あれは蹴落せという意味ではなく、『乱戦になって他の受験生の魔法に当たっても文句を言うな』という意味だ。
ゴーレムの数は増えていく。一体から多くても三体くらいしかいなかったゴーレムが、今では十体を軽く超えるほどの数にまで膨れ上がっていた。
ヒナタはゴーレムの攻撃を避けるだけで精一杯。この地点に来た他の受験生も既に戦うという選択肢は無くなっていた。
「むふふふふ、さ、最高。倒そ。倒そ。特にあの爆発するやつ最高」
「ダーメーでーすー! 戦おうとしないでくださぁい!」
──シャーロット以外は。サイコロを振って戦おうとするシャーロットを抱えながらヒナタは猛ダッシュしていた。
残り時間は五分。ゴールまでの距離もそう遠くは無い。このままシャーロットに下手なことをやらせずに走り続ければ余裕を持ってゴールが可能。
曲がり角を曲がったヒナタの視界にゴールの文字が見えた。あと少し。あと少しで到着──その時。
「──」
──上からゴーレムが落下してきた。単なるゴーレムではない。全身に棘を生やした、通常よりも一回りも大きいゴーレム。
見るだけで分かる。これは──やばい。少なくとも万全の状態のヒナタでも突破はできない。そんな絶望的な相手がゴールの行き道を塞いだのだ。
「あ、ぁぁ……!」
圧倒的な実力差。大きさ的に無視して突破も厳しい。せっかくここまで来たのに。せっかく頑張ってきたのに。こんな所で終わるのか。
ヒナタが絶望してる時──シャーロットは変わらずケロッとしていた。
「『丁』……ダメだ。今日は運が悪いや。カンニングしたから神様怒っちゃったのかな」
「シャーロットさん……な、なんでそんなに普通にして……あとカンニングってなんですか?」
「ヒナタ。時間稼いで」
「……え?」
カンニングのことは無視したシャーロット。ヒナタはシャーロットの時間を稼いで、という言葉に反応した。
「三分経ったらまたサイコロを投げる。その時に外せば終わり。でもゴーレムに倒されても終わり。……ヒナタならどっちを取る?」
「そ、そんなの……」
「私は生粋のギャンブラー。ヒナタが相応のリスクを払うのなら、必ず私は対価を支払う。この場合は──私がヒナタごと合格させる」
──澄んだ目。なんて綺麗な目だ。とてもスラム街で育ってきたとは思えないほど美しい瞳。
この瞳に頼まれて無下になどできようか。覚悟を決めたヒナタは拳を握った。
「──分かりました。待っててくださいシャロちゃん」
「いや、私も参加する。あのゴーレム超強いからギリギリの感覚を味わえそう」
「ダメです! ダウンしたら結局ダメになるじゃないですか! 大人しくしててください!」
駄々をこねるシャーロットを置いて、ヒナタは前へ出た。ゴーレムは既にヒナタへと拳の狙いをつけている。
「ふぅ──『ウィンド』!」
ヒナタの背中から風が発生。弾丸のように移動したヒナタへゴーレムの拳が叩きつけられる。
「『シールド』──ぐぁ!」
半透明の壁を作って防御するも、簡単に壁は破壊。ヒナタは壁に背中から叩きつけられた。そこへ追撃の拳がやってきた。また『ウィンド』を使って加速して拳を回避する。
魔法を使う際、杖は電気で言う『コイル』のような役割を持つ。杖の性能が高いほど魔法の効果は増大。逆に杖がないと本来の威力を発揮することはできない。
杖のない今のヒナタでは最大の出力で魔法を使っても、本来のものの性能は半分程度。ただでさえ格上のゴーレム相手では倒されるのも時間の問題であった。
「っ……『カマイタチ』!」
どれだけ魔法をぶつけてもビクともしない。傷一つついてくれない。ゴーレムは怯むことなくヒナタへ攻撃。拳が直撃したヒナタは壁に叩きつけられた。
痛い。それに苦しい。頭から血を流すのは初めての経験だ。もう戦いたくなんてない──だが、それでも立ち上がった。
「時間は……稼ぐって……宣言したから……」
ヒナタは両親に期待されていなかった。活発で優秀な姉と常に比較され続け、周囲から期待の目を向けられたことなど皆無。だからせめてとグリモワール学園に入学しようとしたのだ。
それでも序盤のゴーレムにやられて脚を怪我して。無能な自分ならこんなものか──そう思っていた時、シャーロットと出会ったのだ。
「逃げないっ! 私は絶対に!」
期待をしてくれた。初めてと言ってもいいくらいに期待してくれた。ならばそれに答えるのが人間というもの。無いに等しいプライドの欠片を守るため、ヒナタはゴーレムに相対する。
何度も攻撃をしかけ、何度も殴り飛ばされる。ボロボロになりながらも立ち上がって、また魔法を展開する。
しかし気合いだけでは人は動き続けられない。魔力はほとんどなくなり、度重なるダメージで立つだけで辛い。それでも動かなくては。
ゴーレムは拳を振り上げていた。ヒナタも魔法で対抗──だが体力は底を突いた。魔法を展開できずに膝をつく。そこへ無慈悲にもゴーレムの拳は振り下ろされてしまった──。
拳は──ヒナタには当たらなかった。
ヒナタの前に立つのはシャーロット。シャーロットはノーガードで顔面に拳を食らい、地面に大きなヒビを作る。
「シャロちゃん……!」
終わった──そう思ったヒナタだが、すぐに自分の予想が違ったことに気がつく。
シャーロットの輪郭には黄金の鱗粉のような魔力が漂っていた。天使、それとも女神か。近くにいるだけで何でもできそうな全能感が溢れ出てくる。
「……お疲れ。意外と頑張ってたね」
鼻血を出し、額からも血が流れている。ゴーレムの攻撃を防御せずに食らったのだから当然。むしろ一撃でダウンしてないだけ凄まじいタフさだ。
シャーロットは頭に叩きつけられている拳を片手で押し返しながら鼻血を親指で擦る。
「じゃあご褒美。──ボーナスタイムだよ」
シャーロットの賭博魔法『|デット・オア・ブースト《丁半博打》』は、丁半をして当てた場合に自身にバフを与えるというもの。
そのバフの一つは『身体能力の強化』であるが──実はもうひとつある。
それは──ダメージを受ければ受けるほど、その身体能力を底上げしていくというもの。しかもこれは当てた際の強化モード時間中の話ではなく、普通の時に与えられたダメージも加算される。
現在のシャーロットは最初に通常ゴーレムに食らった一撃と今回のゴーレムに食らった一撃のダメージが加算されている状態。本来の強化幅よりもさらに強くなっていた──。
「──ふっ」
その攻撃は──なんと一撃。一撃のパンチにてゴーレムの上半身を殴り飛ばし、爆散させたのだ。
衝撃波は周囲の植物を楕円になぎ倒し、ゴーレムの破片は散弾銃のように植物を切り裂いた。
「……う、ぇ」
自分があれほど苦戦したゴーレムをワンパン。ここまで来ると嫉妬どころか、憧れすら浮かんでこない。
「ん、一撃か……つまんない。当たらない方が逆に良かったかな」
腰を抜かしているヒナタをシャーロットは抱えると、ゴールへと歩き出した。──残り一分のことである。
「ぁ──ちょ、時間ない! 時間ないですシャロちゃん! 早く走ってください!」
「やだ。ゴーレムが面白くなかったからギリギリにする」
「お願い! ほんとに! そんな変なところでスリルを求めないでくださいぃ!」
さっきまでのシリアスな雰囲気はどこへやら。ヒナタは自分が傷ついていることすら忘れ、トコトコと歩くシャーロットの頭をペチペチと叩くのであった。




