【3-5】薔薇じゃなくとも棘はある
薔薇はシャーロットの肩に網目のような根を張っていく。体の奥にある神経に根を絡ませるように。骨に根を巻き付かせるように。
不思議と痛みはない。だがこの薔薇がずっと咲いているのは確実にこちらに不利益を出す。何となく直感がそう叫んだ。
とりあえず左手の薔薇に手を伸ばし茎を掴む。手に刺さった棘に反応すらせず薔薇を引き抜いた。
「ぬ、抜ける……?」
予想外。案外楽に抜けた。しかも抜いた部分を見ても、傷跡のようなものはない。まっさらな肌だ。
「実害が起きてない……となると概念に作用するタイプだね」
「ご名答。そしてなかなか素晴らしいな」
ボクレーはシャーロットを品定めするように見ている。油断か、それとも慢心か。肩に生えた薔薇を引きちぎりながら立ち上がる。
「手のひらから血が出るにも関わらず、棘の生えた薔薇を引き抜く……美しい。実に高潔な精神をしている。その精神性は美しいよ」
「惚れてもいいよ?」
「既に惚れている」
対面。シャーロットの碧の双眼とボクレーの赤い瞳が睨み合う。
──しかし今は競走中だ。真ん前でダラダラしてたら人が来るのは当然のこと。一人の男子生徒が『俺が一番乗りだぜぇ!』と言いながら二人の真横を通り過ぎようとした。
「──我とこの子が会話してる。その横を断りもなく通り過ぎる、か。美しくないな、その行動は」
ボクレーが指を──鳴らした。
すると男子生徒の体から一気に薔薇が生えてきた。何事かと焦るが、それこそが罠。男子生徒の体は動かなくなっていき、地面に倒れてしまった。
「見たことない魔法だね。植属性っぽい感じはするけど……自分で作ったんだ」
「それもご名答。詳細を教えてあげようか?」
「自分で考えたいから大丈夫」
「ふふっ、美しいな。やはり美しい。──存分に戦りあおうか」
──地面から茨が出現した。茨は思考回路を持ったかのようにうねりながらシャーロットへと襲いかかる。これをジャンプして回避した。
しかし止まらない。茨は棘をギラつかせながら草木を切り裂いて接近。背後の死角からシャーロットの脚に巻きついた。
引き抜かれた体は校舎の中へと叩きつけられ、木材の壁を叩き壊しながら投げ捨てられる。茨の棘で足から鮮血を出しながらも停止し、すぐにガラスを突き破って外へと脱出。
空中で回転しながらカカト落としをボクレーへと放った──が、これは茨によって防御された。
「華奢な体に見合わず派手……いい動きだが華の無駄。美しさがない」
背中から異物の気配──即座に離れて背中に触れてみると、予想通りさっきと同じ薔薇が咲いていた。同時に段々と力も抜けていく。
引き抜こうとするが、その前に茨が放たれた。五本の茨はシャーロットを囲むように陣形を取りながら茎を叩きつけてくる。
「っ……やなタイミングで効果が切れそう……!」
強化モードの効果時間は三分。終わったならまたサイコロを振り直さなければならないが、この猛攻の中を掻い潜ってサイコロを投げる余裕はなさそうだ。
──ならば投げる余裕を作る。
地面に手を突っ込んで──引き上げる。土を思い切り巻き上げることで防御と目くらましを同時に行い、シャーロットはその隙に背中の薔薇を引き抜きつつサイコロを投げた。
「『半』」
サイコロの結果は──十。まさかの五と五。てことは失敗である。
「あぁ……」
これは……やばい。強化モードの効果は切れた。体を覆っていた全能感は消え去り、一気に動きが鈍ってくる。
ぶっちゃけ強化モードでも厄介な相手。素の状態では倒すことなどできやしないし、まず攻撃を捌くのも厳しいのは目に見えている。
要するに──シャーロットにとっては最高の状況だ。
「……いい。いいね」
植魔法は地上戦に長けた属性。特に大地のあるこの場所ならフルパワーで戦うことが可能。逃げる、なんて手は使えないし最初から使う気はない。
──シャーロットはボクレーに向かって走り出した。
ボクレーの耳にも一週間前のシャーロットVSステラの戦いは入っていた。なのでシャーロットの使用する賭博魔法のことは知ってるし、今現在シャーロットから溢れる魔力が無くなったことから強化モードが切れたと予測もしている。
普通なら攻撃を避ける、もしくは逃げることに専念するか、せめて防御する。だがシャーロットの行動はどれも違った。ただひたすら真っ直ぐに走ってきたのだ。
「自滅か? その行動は美しくないな」
薔薇は──でない。疑問符を浮かべながらも茨を操ってシャーロットに攻撃を仕掛ける。
頬や横腹を切り裂きながらも真っ直ぐに走り抜ける。次の手が読めなくなったボクレーは攻撃の手が一瞬だけ緩んでしまった。
その隙にシャーロットら一気に間合いまで入り込む。体を屈めて脚に力を入れた。
何をしてくるのか。魔術の使えないシャーロットでは何をしても決定打にはならない。素の筋力は高くなく、魔力量も別段多いほどではない。
殴っても意味はなし。蹴ってもダメージは入らない。それもシャーロットなら分かってるはず。故に──次の動きを予測することはできなかった。
──シャーロットはなんとボクレーに飛びついたのだ。そしてその頬にキスをした。
「……は?」
固まる。数秒か、数瞬か。どちらにせよボクレーの思考はダムでも作ったかのようにせき止められた。次の動きをしないと、とは分かっていても体が言うことを聞いてくれない。
「出会ってすぐだから口はダメ。私も女の子だからね。ファーストキスはもっとロマンチックなのがいいから」
「なっ……んだ、お前──」
──言い切る前にボクレーのこめかみにエルボーを叩きつけた。ただでさえ止まっていた思考がさらに振動。視界ごと何重にもブレブレとなり、展開してた魔法も消滅する。
さらに腹部に膝蹴り。下がった頭を掴んで右ストレート。そしてトドメの全体重を前に乗せたケンカキックを腹部に叩きつけた。
「か──は、ぁ!」
地面に倒れながらもボクレーは茨を射出。シャーロットの額を掠って奥の校舎へと突入した。
「いっ……! 女の子の顔を傷つけるなんてサイテー」
「男の心を弄ぶのも最低だと思うが?」
ボクレーはさらに無数の茨を展開。バックステップで茨を回避しながらシャーロットは校舎の中へと飛び入る。
茨はホーミング機能でも搭載されているのか、見えてない場所にいるシャーロットですら自動的に追尾してくる。
追いかけてきた茨を近くの椅子で叩き潰し、机を持ち上げてガード。一本は避けて、一本は踏みつけ、また一本は手の甲で弾く。えぐれた手の甲の傷を舐めながらシャーロットはまた校舎から飛び出た。
「野蛮だな! 清楚な雰囲気からは考えられないほどに! やはり貴様は美しくない!」
「っ──!」
シャーロットのふくらはぎから薔薇が咲いた。すぐさま引きちぎるも、意識が裂かれたことで飛んできた茨を避けきれずに直撃し、殴り飛ばされる。
「分かってきた。その魔法は『貴方の判断で美しくないと思ったものに薔薇を咲かせる』ってところ?」
「百点満点の答えがよく帰ってくるな。行動もあと少しまともならば後腐れなく褒められたが」
「そんなに口にキスして欲しかった? ほっぺじゃ不満?」
「キスされたのが不満……というと嘘になる」
「意外と素直だね」
口の中に溜まった血をシャーロットは吐き出した。
「バレたのなら名前くらいは言ってやろう。我が考案したのは創作魔法『ルール・オブ・ローズ』だ。我基準で美しくないと思ったものに薔薇を咲かせるというもの。生成した薔薇はその者のエネルギーを吸い取り、美しく大きく育つ」
「ただし視界に収めてないといけないのと、自分基準とはいえ美しくない事象が事実でないといけない。って弱点がある」
「……ふん」
シャーロットがキスをするために接近した時。ボクレーは『自滅のために近づいてきた』と思い込み、それを美しくないと断言した。しかしその時はシャーロットに薔薇は生えなかった。
なので条件はシャーロットの考察した二つ。正解かどうかは眉を狭めているボクレーを見れば分かるだろう。
「ねぇ、貴方にとって負けるのは美しくないこと?」
「もちろんだ。……なぜそんなこと聞く?」
「貴方はこれから負けるから。私に、ね」
キャルルン、と可愛らしい効果音を出してウィンク。顔の下半分は獲物を捕らえた蛇のように、ゆっくりと弧を描いた。




