【2-4】やっぱり貴女は最高
唖然とするのはステラだけではない。戦いを楽しみにしていたクラスメイト、そして傍から見ていたヒナタ、なんならシルヴァまでもが目をまん丸にしてその光景を見ていた。
「……ごめんなさい。許してください」
あのシャーロットが。神様が利き腕で作った最高傑作のような造形をしたシャーロットが。額を石畳に擦り付けて土下座するというプライドもへったくれもないことをしている。しかも決闘中に。
フリーズ。思考停止。『秘策』の内容がこれとは思っていなかったアワワと口を動かし、シルヴァは予想外過ぎて吹き出してしまう。
「……な、何を」
「今まで煽ってごめんなさい。どうか私の負けでいいので許してくれませんか?」
潤んだ瞳で懇願するようにシャーロットは言った。
──神聖な決闘の場。煽ってきて腹が立ったとはいえ、自分と互角のセンスは認めていた。だがそのシャーロットは恥を捨てて土下座をしている。
許せない──許せない。神聖な決闘に泥を塗っただけに飽き足らず、プライドを捨てて敗北を認めるなど。舐め腐るにもほどがある。
「ふざ──ふざけないで……! 立ちなさい! 立って戦いなさい!」
「わ、私にはそんなこと……かの有名なステラ様にお近付きになりたくて、わざと悪く言っただけで……」
「さっきまでの威勢はどうしたんですの!? そっちが立たないなら、無理やり立たしてやりますわ──!」
足を鳴らしながらシャーロットへと歩くステラ。頭の中は怒りでいっぱい。とにかくこの女には一発殴るくらいはしないと気がすまない。
ステラは熱を発するほどに怒りながら──『無防備』にシャーロットへと近づいた。
土下座している首根っこを掴んで殴ってやろう。そう思って手を伸ばした瞬間──シャーロットは急に立ち上がった。
「──近づいたのは、そっち」
──ドロップキック。大きく飛び上がり、ステラの顔面に両の足裏を思い切り叩きつける。
「ぶ──っ!?」
完全に予想外。防御や回避どころか、反応すらできずにドロップキックは直撃。鼻血を出しながらステラは大きく蹴り飛ばされた。
……。またもや唖然。クラスメイトたちは空いた口が塞がらず、ヒナタはもう諦めた顔で遠いところを見つめ、シルヴァは腹を抱えて大笑い。
予想外なんてものじゃない。予想の斜め下から斜め上へと円を描くように外してくるシャーロットにクラスメイトもうなんと言っていいのかが分からなかった。
蹴り飛ばされたステラ。うつ伏せから大きく地面に手を叩きつけ、ゆっくりと体を持ち上げる。
──遠くからでも分かる熱量。負のオーラ、放たれる圧倒的な魔力量。見なくても分かった、完全にブチギレている。
「ど、こ、まで……どこまで……ぇ!」
鼻血を出しながら敵意を超えた殺意すら滲み出るほどの眼差しをシャーロットへと向ける。
「どこまでワタクシを馬鹿にすれば……っ!」
「あ──」
自分を突き刺すような視線。自分を絶対に叩きのめすと覚悟しているその視線。揺れ動く憎悪の瞳の中に自分がいるということの優越感。
興奮する。快楽物質が体を満たす。シャーロットは顔を赤くしながら身を震わせた。
「──気が済むんですの!」
一気に増幅した強大な炎。虎の形へと変貌したその炎はシャーロットに向けて放たれた。
「『フレイムタイガー』!」
地面を砕き、唾液のような火花を散らせながら炎の虎は飛びかかる。シャーロットはそれを回避──しかし虎は大きな腕を振り上げてさらに追撃してきた。
回避、回避、回避──。身軽な動きで避けていくシャーロット。怒りでリミッターが外れているステラはさらに魔法を同時展開する。
「『ファイアーボール』!『ウェルダン』!」
放たれる炎の球体。さらに避けた先に的確に火柱を発生させる。
まさに弾幕。まさに連撃。ほとんど素の状態であるシャーロットは避けきれずにファイアーボールに被弾。直撃して場外ギリギリまでぶっ飛ばされる。
「熱ッ、う、流石に直撃は痛い……むふふ」
ジクジク痛む腕。直撃した炎の熱は未だ消えず。シャーロットの体を徐々に熱くしていく。
「そんなにワタクシにぶちのめされたいようですわね! ならこのまま一生癒えない心の傷を負ってもらいますわよ!」
──魔力の抑留が変わった。今までとは違う攻撃。本能が攻撃を避けろと言ってくる。
「……三分、経ったね」
だが──避けない。シャーロットは立ち上がり手の中にサイコロを生成した。
「ここで果てなさい──!」
「『半』──」
炎は呼吸する間に増幅。まるで川を流れる水のように。流麗に炎の波はシャーロットへと襲いかかった。
「──『フレイムウェイブ』!」
中級魔法フレイムウェイブ。ただでさえこの時点では使える者の少ない中級魔法、その中でもトップクラスの範囲攻撃を誇る技だ。
フィールドが限られているアリーナでは避ける術など存在しない。シャーロットは無抵抗のまま炎の波へと巻き込まれる。
「シャロちゃん──!」
ヒナタは叫んだ──が、チラリと見えた。サイコロが地面に落ち、その出目を見たシャーロットが笑顔になっていることに──。
燃え盛る火の波。発生した上昇気流の風がクラスメイトたちの前髪を揺らす。ヒナタは絶望した顔でアリーナを見ていた。
「……ふん。この程度ですわね」
──圧倒。誰がどう見ても勝ちな状況。魔力で肉体は強化されているので死にはしないだろうが、立てないくらいのダメージは負っているはずだ。
気は済んだ。これでシャーロットは大きく後悔し、自分の身の程を改めるだろう。少々痛すぎるお仕置きだが、あんな奴にはこれくらいしておいた方がいい。
そうやって──またステラは油断した。
首を鳴らしながらシルヴァに戦いの終わりの合図を出してもらおうとした──その瞬間。
──巻き上がる炎の中からシャーロットが飛び出してきた。
「は──ぁ!?」
「──ボーナスタイム」
ギリギリ。本当にギリギリで反応したステラは魔法を使わずに咄嗟に防御。しかしダメージによって増幅したパワーに押し負けて大きく殴り飛ばされた。
「ふぅ……いい火力だね。『ブルーレア』ってところかな、焼き加減は」
──出目を当てたことによる強化モード。身体能力が上がるだけではなく、今まで受けたダメージの分だけ身体能力が強化されていく能力も併せ持つ。
二度の炎ダメージを受け、さらに今も継続して火傷のダメージをシャーロットは受けている。故に現在は入学試験の時よりも戦闘能力は強化されていた。
「わけの、分からない、魔術ですわね……」
「詳細を教えてあげようか?」
「……結構です」
魔力でのガードに成功したからか、ステラのダメージはそれほど大きくない。だが痛みは違う。衝撃波のように波紋を広げる痛みに思わず歯を食いしばる。
「……そういえば、魔法の強さを測る時もサイコロを投げてましたわね。となると考えられるのは──サイコロの出目を使った強化。遊戯については分かりませんが、おおかた出目を当てるみたいなものでしょう」
「……むふふ。予想ついた?」
「さっきは何かしらの理由で外してしまい、時間を稼いでいた。そして今は出目を当てた……ですが強化は永遠に続くわけではないはずですわ」
制限時間がある。ドンピシャの予想をしてきてシャーロットの胸が恋をしたようにビートを刻んだ。
「つまり制限時間を超えればワタクシの勝ち……となりますわね」
「……そうだね。私もボロボロだし。次やって当たる保証はない」
当てたとしてもダメージの大きさからして長くは戦えない。この三分間でステラを倒さなくてはシャーロットに勝ち目は出てこないだろう。
「──そんなもので勝つのはワタクシのプライドが許しませんわ」
耐え忍ぶ。逃げ切る。捌き切る。──真っ平御免だ。シャーロットは自分のプライドを大きく傷つけた。なのに自分までプライドを傷つけるなどもってのほか。
相手の強化モードに制限時間があるのなら。タイムリミットがあるというのなら──。
「──シャーロット・アクレミス。貴女の強化時間以内に、ワタクシは貴女をぶちのめしますわ」
「あ──ぁ、ぁ、あ」
これは──恋だ。これが恋でなければ何と表現すればいいのだ。
甘く、熱く、魂を包み込むような感情がシャーロットの中から溢れ出す。火照った顔と体、乱れる呼吸。シャーロットは恍惚とした笑みをステラへと向けた。
「──最高っ。やっぱり貴女は最高」
変わらず睨みを向けるステラ。そして構えるシャーロット。戦いは仕切り直し、二人の体と魔法が衝突した──。




