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社長命令で隠し子のフリをしていた地味な経理OL、クールなはずの御曹司にいつの間にか溺愛されて、極上のシンデレラになってしまいました。  作者: 水凪しおん


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第9章:反撃の狼煙

 雨の夜の事件は、一つの転換点となった。ひったくり犯と、その裏で糸を引いていた探偵は、翌朝には高遠の手によってあっさりと処理されていた。犯人は警察に引き渡され、探偵は黒田副社長との関係を示す証拠を全て押さえられた上で、業界から姿を消した。そのあまりの手際の良さに、紬は蓮が持つ力の大きさを改めて思い知ると同時に、彼が本気で自分を守ってくれていることを実感した。

 そして、紬の一件で、黒田の卑劣なやり方に対し、蓮の心には静かだが、消えることのない怒りの炎が灯っていた。彼は、ついに本格的な反撃を決意する。

 その日の夜、蓮は紬を自分の書斎に呼んだ。そこは、普段は立ち入ることを禁じられている、彼の聖域だった。

「白石さん。君の力を、俺に貸してほしい」

 蓮は、いつもの「社長」の顔ではなく、「戦友」を求める顔で、紬に言った。

「君を経理部から引き抜いたのは、ただの隠れ蓑にするためだけじゃない。君の、数字を読む能力を俺は評価している。君のその目で、敵の懐に切り込みたい」

 蓮が示したのは、黒田派閥が管理する、いくつかの関連子会社の決算書類だった。表面的には、どれも健全な経営に見える。しかし、蓮はここに不正が隠されていると睨んでいた。

「君の洞察力と経理部の知識で、この中から不透明な金の流れを見つけ出してほしい。俺には、君の力が必要だ」

 蓮からの、絶対的な信頼の言葉。守られるだけのか弱い存在じゃない。彼の力になりたい。紬の心に、強い決意が生まれた。

「……はい。やらせてください」

 その日から、二人の関係は「社長と隠しのフリ」から、秘密を共有する「共犯者」へと姿を変えた。

 夜な夜な、広すぎるマンションで孤独を感じていた時間は、蓮の書斎で二人きり、膨大な資料と向き合う濃密な時間へと変わった。大きなデスクに向かい合い、並んでパソコンの画面を覗き込む。仕事の話をする彼の真剣な横顔は、恐ろしく知的で、魅力的だった。そして、難しい専門用語が分からず困っている紬に、根気よく説明してくれる時の、ふとした瞬間に見せる優しい笑顔。そのギャップに、紬の心は抗いようもなく惹きつけられていった。

「少し、休憩しないか」

 深夜、集中力が切れてきた紬に、蓮が声をかける。彼が淹れてくれたコーヒーは、驚くほど美味しかった。反対に、紬が夜食にと作ったおにぎりを、彼は「うまい」と言って、少し照れくさそうに頬張った。そんな他愛ないやり取りが、まるで長年連れ添った夫婦のようで、紬の胸を温かくした。

 もう、ごまかせない。私は、この人が好きだ。

 その恋心は、はっきりと形になって紬の胸に宿った。そして、その想いは、彼女の能力をさらに研ぎ澄ませていく。彼のために、絶対に何かを見つけ出す。その一心で、紬は数字の海の中を、ただひたすらに泳ぎ続けた。

 そして、数日後の深夜。紬の目は、ある子会社の帳簿に記された、ほんの僅かな数字のズレに釘付けになった。それは、他の誰もが見過ごしてしまうような、小さな、小さな綻び。しかし、長年経理として数字と向き合ってきた紬の目は、その違和感を見逃さなかった。

「……あった」

 その小さな綻びを糸口に、関連する書類を片っ端から照合していく。すると、パズルのピースがはまるように、次々と偽装の痕跡が姿を現し始めた。架空のコンサルタント料、不自然な備品の購入履歴、そして実態のない会社への送金。全てが、黒田副社長の懐へと繋がっている、決定的な不正の証拠だった。

「社長……! 見つけました!」

 興奮した紬の声に、隣で資料を読んでいた蓮が顔を上げる。紬が指し示した数字と、彼女が組み立てた不正のスキームを見て、彼の目に鋭い光が宿った。

「やった……!」

 思わず喜びの声を上げた紬の手を、蓮が、その大きな手で強く、強く握りしめた。

「ありがとう、紬」

 その瞬間、彼の口から、初めて自分の名前が、呼び捨てで呼ばれた。その響きが、勝利の喜びと共に、甘く、熱く、紬の心に染み渡っていく。握られた手から伝わる彼の体温に、紬の心は、もうはちきれんばかりの幸福感で満たされていた。

 反撃の狼煙は、今、確かに上がったのだ。

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