第17章:社内公認のカップルへ
蓮の、父親に対する、生まれて初めての反抗。それは、一条家の一族郎党の間に、大きな波紋を広げた。親戚筋からは、蓮の行動を諌める声や、紬を非難する声が、いくつも届いたという。しかし、蓮は、自分の意志を、決して曲げようとはしなかった。
そんな中、蓮は、一つの大きな決断を下す。
それは、紬との関係を、いつまでも社内の秘密にしておくのではなく、正式に、全社員の前で公表する、というものだった。
「いつまでも、君を陰の存在にはしておきたくない。会社の誰にも、君のことで陰口を叩かせたり、コソコソさせたりしたくないんだ。堂々と、俺の隣を歩いてほしい」
朝、出社する前のマンションで、蓮は、真剣な眼差しで、紬にそう告げた。その言葉は、紬の不安を、優しく吹き飛ばしてくれた。
そして、その日の朝礼。全社員が集まるホールで、マイクの前に立った蓮は、まず、先日の一連の騒動について、社長として改めて、全社員に深く謝罪した。
そして、一呼吸置くと、彼は、ホールにいる全ての社員を見渡し、こう続けた。
「そして、今日は、皆さんにもう一つ、私個人のことで、ご報告と、お願いがあります」
ホールが、静かな緊張感に包まれる。
「先日、役員会議の場で、私が発言したことは、全て事実です。私は、経理部の、白石紬さんと、真剣にお付き合いをしています」
その堂々とした宣言に、社内は、再び、大きなどよめきと驚きに包まれた。しかし、それは、以前の「隠し子騒動」の時のような、ネガティブな混乱ではなかった。
「彼女は、会社の危機を救ってくれた功労者であると同時に、私の、公私にわたる、かけがえのないパートナーです。社員の皆さんには、どうか、我々のことを、温かく見守っていただければ幸いです」
そう言って、蓮は、深く頭を下げた。そして、ホールの片隅で、顔を真っ赤にして立ち尽くしている紬に向かって、優しい、慈しむような笑みを向けた。
黒田派閥が一掃され、蓮への信頼と期待が最高潮に高まっていた社内の空気は、驚くほど、温かかった。どよめきは、やがて、祝福の拍手へと変わっていった。
特に、事情をおおよそ知っている経理部の同僚たちは、我がことのように喜んでくれた。朝礼の後、デスクに戻った紬は、先輩の田中さんに「社長! 白石のこと、よろしく頼むわよ!」と、わざと大きな声で冷やかされ、顔から火が出そうになった。
そして、親友の亜美は、昼休みに飛んでくると、紬を力いっぱい抱きしめて、涙ぐんだ。
「よかった…! 本当によかったね、紬! やっと、堂々とできるんじゃん!」
社長秘書室の前を通りかかると、いつものポーカーフェイスの高遠が、すっと出てきて、紬にだけ聞こえる声で、「おめでとうございます、白石さん」と、静かに、しかし、心からの祝福を込めて、頭を下げた。彼の目元が、ほんの少しだけ、優しく緩んでいた。
その日のお昼休み。紬は、蓮に誘われて、生まれて初めて、社員食堂で、彼と一緒にランチを食べた。社長と一社員が、同じテーブルで、仲睦まじく、カツカレーを食べる姿。周りの社員たちは、少し遠巻きに、しかし、とても温かい眼差しで、その光景を見守っていた。
今まで、隠れてこそこそしてきた分、こんな当たり前の日常が、紬には、眩しいほどに、幸せに感じられた。
隠れる必要がなくなった二人は、こうして、晴れて、社内公認のカップルとして、たくさんの祝福の中、新たな一歩を踏み出したのだった。




