第14章:恋人たちの初デート
晴れて、本物の恋人同士になった紬と蓮。しかし、蓮は会社の社長、紬は(まだ籍のある)一社員という立場は変わらない。社内が落ち着くまでは、二人の関係はトップシークレットにすることになった。
それは、もどかしくも、甘い秘密だった。社内の廊下ですれ違いざまに交わされる、二人だけの視線。誰もいないエレベーターの中で、一瞬だけ触れ合う指先。その小さな秘密の積み重ねが、紬の心を、くすぐったいような幸福感で満たした。
そんなある週末、蓮が少し照れたように、紬を誘った。
「今度の休み、出かけないか」
「いいですね。どこへ行きますか?」
「……本物の、デートがしたい」
業務命令でも、演技でもない、心からの誘い。紬は、満面の笑みで頷いた。
そして、デート当日。蓮が車で連れて行ってくれたのは、以前、「偽りの親子デート」で行った、あの郊外のショッピングモールだった。
「ここ…」
「ああ。やり直したいと思ったんだ。嘘じゃない、本当の思い出で、上書きしたくて」
そう言って微笑む蓮の隣で、紬の胸は温かいものでいっぱいになった。
同じ場所なのに、見える景色は、あの時とは全く違っていた。以前は、周囲の目を気にして、ぎこちなく距離を空けて歩いていた。でも、今は違う。蓮は、ごく自然に紬の手を取り、指を絡ませる。その温かさが、紬に、これは夢じゃないんだと教えてくれた。
肩を寄せ合って歩く二人は、どこからどう見ても、幸せそうな恋人同士にしか見えなかった。
紬は、以前蓮にプレゼントしてもらったハリネズミのマグカップを売っていた雑貨屋に、彼を引っ張っていった。そして、色違いの、お揃いのマグカップを手に取る。
「今度は、私からのプレゼントです」
そう言って差し出すと、蓮は驚いたように目を見開いた後、とても嬉しそうに、「ありがとう。これからは毎朝、これを使おう」と微笑んだ。
そして、二人は因縁のクレーンゲームに再挑戦した。
「今度こそ、取るぞ」
以前と同じように息巻く蓮に、紬は「私も手伝います!」と宣言した。
「私が横から位置を指示しますから、蓮さんはタイミングに集中してください!」
「よし、任せろ!」
まるで、何かの作戦を遂行するような真剣さで、二人は機械に向き合った。紬の的確な指示と、蓮の(前回よりは少し上達した)絶妙な操作。そして、アームは、見事に、大きなクマのぬいぐるみをがっちりと掴み上げた。
「取れたーっ!」
ゴトン、と景品口に落ちたぬいぐるみを見て、二人は、子供のようにはしゃぎ、ハイタッチを交わした。この小さな成功が、まるで二人の未来を象徴しているようで、たまらなく嬉しかった。
その日の夜は、夜景の綺麗なホテルの最上階にあるレストランで、ロマンチックなディナーを楽しんだ。
「信じられないです。私が、蓮さんと、こうしているなんて」
「俺もだ。君と出会って、俺の人生は変わった」
グラスを傾けながら、二人は、これまでのこと、そして、これからのことを少しだけ語り合った。
「これから、たくさん思い出を作っていこう。どこに行きたい? 何がしたい?」
そう言って、優しい眼差しで問いかけてくる蓮に、紬は幸せを噛みしめる。
デートの帰り道、蓮は、紬が以前住んでいたアパートの前まで、車で送ってくれた。今はもう誰も住んでいない、思い出の場所。
車を降りて、アパートを見上げる。
「ここから、始まったんだな。俺たちの物語は」
蓮が、感慨深げに呟く。
そして、彼は紬のほうに向き直ると、その頬に優しく手を添え、ゆっくりと顔を近づけた。
重ねられた唇は、甘く、そして、とても優しかった。それは、二人の、恋人としての、初めてのキス。
「また、明日」
そう言って微笑む蓮に見送られ、紬は、まるで夢見心地のまま、蓮が住むあのマンションへと帰るタクシーに乗り込んだ。手には、二人で勝ち取った、大きなクマのぬいぐるみを抱きしめて。




