第10章:暴かれた嘘と守るべき人
紬が見つけた不正の糸口は、蓮の反撃計画における完璧な起爆剤となった。その後の調査は、高遠が水面下で迅速に進め、黒田副社長とその派閥が長年にわたって行ってきた不正の、動かかぬ証拠が次々と固まっていった。あとは、どのタイミングでそのカードを切るか。蓮は、慎重にその時を計っていた。
しかし、追い詰められた鼠は、猫を噛む。
自分たちの不正が嗅ぎつけられていることを察知した黒田は、最後の、そして最大の賭けに出た。彼は、金に物を言わせて、あらゆる情報網を使い、ついに「白石紬が本当の隠し子ではない」という決定的な証拠を掴んだのだ。それは、紬の実家の定食屋に記者を装って接触し、両親から引き出した「娘はごく普通のOLだ」という証言の録音音声だった。
黒田は、すぐさま「会社のコンプライアンスに関する緊急動議」と称して、緊急役員会議を招集した。
会議室には、重く、不穏な空気が垂れ込めていた。何も知らない役員たちは、何事かと訝しげな表情を浮かべている。蓮は、隣に座る紬の手が小さく震えているのに気づき、テーブルの下でそっとその手を握った。大丈夫だ、と無言で伝えるように。
会議が始まると、黒田は待っていましたとばかりに立ち上がり、勝ち誇ったような笑みを浮かべて口火を切った。
「本日は、皆様に大変遺憾なお知らせがございます。我々が信頼する一条蓮社長が、我々役員、ひいては全社員を欺く、重大な虚偽行為を行っていたことが発覚いたしました!」
その言葉に、会議室が騒然となる。黒田は、用意していたポータブルスピーカーの再生ボタンを押した。スピーカーから流れてきたのは、紛れもなく、紬の父親の人の好い声だった。
『うちの紬ですか? ああ、あの子は真面目なだけで、普通の会社員ですよ。社長の娘だなんて、滅相もない』
音声が終わると同時に、黒田は数枚の書類をテーブルに叩きつけた。それは、紬の戸籍謄本や経歴書のコピーだった。
「ご覧の通り! 白石紬さんは、一条社長とは何の血縁関係もない、ただの経理部員にすぎない! 一条社長、あなたは我々全員を、会社を、騙していたのです!」
黒田の糾弾する声が、会議室に響き渡る。役員たちの視線が、驚きと非難の色を帯びて、一斉に蓮と紬に突き刺さる。もはや、これまでか。紬は、自分の嘘が、信頼してくれた蓮を絶体絶命のピンチに追い込んでしまったことに、血の気が引き、目の前が真っ暗になった。
「社長解任もやむを得ない!」「これは許されることではないぞ!」
黒田派閥の役員たちが、ここぞとばかりに声を上げる。蓮の味方をする者は、誰もいない。
自分のせいで。私の、軽率な判断のせいで――。紬が、絶望に打ちひしがれ、俯いたその時だった。
蓮が、静かに、しかし、堂々と立ち上がった。彼は、騒然とする役員たちを、いつもの冷静な、しかし、燃えるような強い意志を宿した瞳で見渡し、そして、はっきりと、言い放った。
「そうだ。黒田副社長の言う通り、彼女は、私の隠し子ではない」
その言葉に、会議室の空気が一瞬、凍りつく。嘘を認めた。誰もがそう思った。黒田の口元に、勝利の笑みが浮かぶ。
しかし、蓮は続けた。その声は、静かだが、会議室の隅々にまで響き渡るほど、力強かった。
「だが」
彼は、一度言葉を切り、そして、隣で青ざめている紬のほうへ、優しく、慈しむような視線を向けた。
「私にとって……生涯をかけて守りたい、ただ一人の大切な女性だ」
それは、全役員を前にした、あまりにも予期せぬ、あまりにも真摯な、愛の告白だった。
騒然としていた会議室は、水を打ったように静まりかえる。役員たちは、呆気にとられて、言葉を失っていた。
蓮は、紬の震える手を、今度はテーブルの上で、全員に見せつけるように、強く握りしめた。
「社長としてではなく、一人の男として、私は彼女を守る。彼女を傷つけようとする者は、誰であろうと、私が許さない」
彼の言葉に、紬の目から、大粒の涙が溢れ落ちた。これは、夢なのだろうか。絶望の淵から、彼の愛の言葉によって、引き上げられた。
物語は、誰もが予想しなかった、最大のクライマックスを迎えようとしていた。




