最果ての地で、泥まみれな努力の人・ライオット様を応援していただけなのに。~私の声で覚醒した騎士様が、至高の勲章よりも私を優先して片膝をつくまでの話~
最大級の領土を誇る王国グランドガリア。
その最果て、山間の静寂に包まれた領地クワンバに、一人の不器用な騎士の情熱があった。
◇
この王国では、隣接する敵国に対抗すべく、常に国力の底上げを図っている。
その象徴が、全騎士の頂点を決める年に一度の「大武闘大会」だ。
まず各領地で数ヶ月にわたる過酷な予選が行われ、選りすぐりの代表が決定される。
彼らが王都に集い、最強の座を争うのだ。
優勝者には至高の勲章が授与され、その者が所属する領地騎士団にも莫大な褒美が約束される。
この競争原理によって騎士たちの士気は極限まで高められ、王国は鉄壁の戦力を維持し続けているのである。
◇
町娘アンネロッテの視線の先には、いつも一人の青年がいる。
騎士、ライオット。
彫刻のように整った容姿を持ちながら、彼は誰とも群れず、ただひたすらに剣を振るう「努力の人」だった。しかし、その努力は残酷なほど結果に結びつかない。
「……また、負けちゃった」
アリーナの片隅で、アンネロッテは小さくため息をついた。今日の予選も、ライオットは無残に敗北した。
彼の剣はあまりに実直で、対戦相手の卑怯なフェイントに、その真面目な刃は空を切るばかりだった。
勝利の女神が微笑むのはいつも、王国一の美男子と名高い騎士団長アンガス。
天に愛された天才の輝きに、ライオットの地道な努力は影さえ作らせてもらえない。
人混みを避け、迷い込んだアリーナの裏手。
そこで彼女は、息を切らし、泥にまみれながら独り剣を振るうライオットを見た。
周囲の嘲笑も、団長の華々しい背中も関係ない。
ただ、己の不甲斐なさを叩きつけるような、ひたむきで不器用な一振りに、アンネロッテは心を射抜かれた。
「頑張れ……ライオット様」
その声は、まだ彼には届かない。
けれど、彼女の瞳にはもう、彼が勝利を掴む瞬間の幻影が見えていた。
それが、彼女の「推し」が決まった瞬間だった。
◇
一ヶ月後、運命の歯車が回り出す。
領地大会の予選。
絶体絶命の窮地に陥ったライオットを見て、アンネロッテは無意識に身を乗り出し、喉が張り裂けんばかりに叫んでいた。
「剣を横に……っ! 寝かせて!」
凄まじい歓声にかき消されるはずの声。
しかし、ライオットの体は弾かれたように反応した。
盾で防がれるはずの縦振りを瞬時に横へと切り替えた一撃が、相手の無防備な胴を捉える。
「勝者、ライオット!」
初めての勝利。
それからというもの、不思議なことが起きた。
アンネロッテが声を上げるたびに、ライオットはまるで彼女の瞳を共有しているかのように、完璧な太刀筋を見せるようになったのだ。
◇
そんなある日、魔王軍を撃退した騎士団が町を凱旋した。
買い出しの途中で、アンネロッテは運悪く、列を歩いていた一人の騎士と衝突してしまう。
「ご、ごめんなさい! 申し訳ありません……っ!」
騎士の威圧感に震えながら、恐る恐る見上げた先にいたのは、ライオットだった。
彼はいつもの鋭い眼光で、射抜くように彼女を凝視している。
「お前……」
怒られる。
そう身をすくめたアンネロッテに、彼が放った言葉は意外なものだった。
「……その声。お前だったのか」
彼は、戦場の喧騒の中でさえ、なぜか自分の心にだけ鮮明に響いてくる「あの声」の主をずっと探していたのだ。
ライオットは照れ隠しに不機嫌そうに顔を歪め、「……次の試合も、必ず来い」とだけ言い残して去っていった。
◇
それから、不思議な関係が始まった。
ライオットが勝利するたび、試合後にアンネロッテを裏手に呼び出すのだ。
彼は茹で上がったように顔を真っ赤にしながら、睨みつけるような顔で一輪の小さな花を突き出す。
「……くれてやる」
「あ、ありがとうございます(怒ってるの? 喜んでるの……?)」
不器用すぎる感謝の儀式。
アンネロッテは困惑しながらも、その花を大切に持ち帰るのが日課となった。
そして迎えた、領地予選の決勝戦。
相手は絶対王者、アンガス団長だ。
会場はアンガスの勝利を微塵も疑わず、アンネロッテの細い声は周囲の圧倒的な歓声にかき消される。
ライオットが、アンガスの神速の一撃に追い詰められた、その時。
アンネロッテは肺のすべてを使い切る覚悟で、祈るように叫んだ。
「左に低くかわして! 下から斜めに切り上げてーーっ!」
その声が、ライオットの魂を震わせた。
彼は一切の迷いなく地を這うように沈み、アンガスの剣風を首皮一枚でかわすと、己の限界を超えた力で剣を振り上げた。
金属の弾ける音が響き渡り、膝をついたのは──無敗の団長だった。
「優勝者、ライオット!」
爆発するような歓声。
アンネロッテはその光景を涙で見届け、静かにアリーナを後にした。
(もう、私の声がなくても、彼はどこまでも行ける……)
役目は終わった、そう思ったのだ。
しかし、アリーナの裏道で、彼女の腕を力強く掴む者がいた。
振り向くと、そこには肩を激しく上下させ、まるで獲物を逃さないと決めた猛獣のような、今までで一番剥き出しの眼差しをしたライオットが立っていた。
「ライオット様……あ、あの、おめでとうございま……」
「…………」
ライオットは息が上がりすぎて声が出ない。ただ、必死に彼女を逃がすまいと見つめ続けている。
その時、背後からアンガス団長が現れた。
「ライオット、領主様がお呼びだ。勲章の授与式だよ」
「……少し、待ってください」
「国王陛下に繋がる公務より、優先することがあるのかい?」
アンガスの問いに、ライオットは一瞬の躊躇もなく言い切った。
「あります」
彼はアンネロッテに向き直ると、鎧を鳴らして静かに片膝をついた。
いつもの花ではない。
彼が懐から取り出したのは、鈍く光る宝石が埋め込まれた指輪の入った小箱だった。
「受け取れ。……俺には、お前の声が必要だ。だから、俺についてこい」
怒鳴るような口調。
けれど、その瞳に宿っているのは威圧ではなく、ただ一途で、不器用なほどの誠実さだった。
アンネロッテは溢れる涙を拭い、強く頷いた。
「……はいっ!」
アンネロッテの返事を聞き、アンガスは楽しげに肩をすくめた。
「領主様を二の次にしたのは、僕の胸にしまっておくよ。……おめでとう、クワンバの英雄」
完璧な美男子は、二人に優雅なウィンクを投げ、その場を譲った。
◇
数日後。
クワンバの門を出る馬車があった。
中には、慣れない旅装に身を包んだアンネロッテと、相変わらず不愛想だが、その横顔にどこか晴れやかな決意を滲ませるライオットの姿がある。
目指すは王都、大武闘大会。
不器用な騎士と、彼を支えた町娘。二人の物語は、今、広大な王国の中心へと走り出した。
〜〜〜〜〜〜おしまい。
最後まで読んだ頂き有難うございます。作者のモチベのために☆やいいねを残して頂くと幸いです。感想などもお待ちしております。
ブクマ頂けたら……最高です!




