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蛇眼破り第二部~おわらせるもの~  作者: 石笛 実乃里


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第八話 第三章「練安城の戦い」

北方王国連合による(ねり)野州(やす)人民共和国との(いくさ)は最終局面を迎えていた。

イカルガ王国軍を中心とした連合王国軍は共和国の首都・練安(ねりやす)を事実上陥落させ、ついで首都の中心に鎮座する(ねり)安城(やすじょう)を包囲していた。

 練安城に(こも)った(ねり)安平(やすべい)を頂点とする共和国軍の残党は連合王国軍の再三の交渉の呼びかけにも関わらず徹底抗戦を宣言していた。

 それでも連合王国軍は説得をあきらめず、和平交渉の席を準備していたが、練野洲人民共和国側の席は冷たくなるばかりであった。

 「将軍!鈴之(すずの)()将軍!」

今回の作戦の最高司令官を呼ぶ部下の声が聞こえる。

「何ですか?」

鈴之緒蒼(そう)()将軍は自分を落ち着かせようとするかのように、丁寧(ていねい)に答えた。

もっとも彼はいつも丁寧な言葉遣いをするのでそういう点からも部下からの人望は厚い。

「最終通告の返答が来ました!」

部下は天幕を張った作戦司令本部内の椅子に座る蒼馬にひざまずくと、うやうやしく一通の折りたたまれた手紙を差し出す。

蒼馬将軍はそれを片手で受け取ると両手で手紙を開いた。

北方王国連合軍は練野洲人民共和国軍に最終通告を発していた。

降伏して和平交渉に加わるか、最後まで練安城で戦うか。

共和国側の返答は予測されたものだった。

我々は共和国の理念に最後まで殉じる。

北方王国連合の無条件での領地内通過はとても承服し難い屈辱である。

そういった意味のことが手紙には記され、最後には練安平の署名までついている。

すべて読み終えて蒼馬は

「…狂ってる」

(つぶや)いた。目を上げ、ひざまずいたままの部下に

「手紙を届けに来たものはまだいますか?」

と尋ねる。

「はい。いつものように」

部下は答えた。

戦の場において敵との手紙のやりとりは決死の行為であった。

怒りに駆られた敵将が手紙を届けた者を捕えたり殺してしまうこともあったからである。

そのため近寄って矢に結んだ手紙を射る方法まであった。

しかし共和国側は初めから命懸けで使者が手紙を手渡しに来た。

蒼馬も使者に何もしないよう命じ、すぐに返事を渡せるときはそれまで丁重にもてなしさえしたのであった。

回数を重ねるたびそうやって信頼を勝ち得たのか、今回も使者はすぐに返事を出す場合に備えて待機しているのであった。

「その使者を呼んで来てください」

蒼馬はいつものように丁寧に指示を出し、部下は立ち上がって一礼すると広い天幕をあとにした。

そして甲冑(かっちゅう)姿の使者を伴って戻って来た。

蒼馬は礼儀正しく使者にも椅子に座ることを勧めたが使者は丁重に辞退し、立ったまま返答を(うかが)うと答えた。

比較的高い(くらい)の武将に思える。

「今回の作戦の最高司令官、北方王国連合軍将軍のひとり、鈴之緒蒼馬です」

蒼馬が自己紹介すると使者は、

「今回使者を志願した練野州共和国軍大将の(ほり)(げん)次郎(じろう)です。鈴之緒将軍の御高名は伺っており、討ち死にする前に一度お目にかかりたかったのです」

と言う。

「なんともおだやかでないことを(おっしゃ)いますね」

蒼馬は言った。

「評価して頂いて光栄なのですが…我々北方王国連合としてはなんとか無益な争いを避けたいのです。あなたは最高委員長を名乗っている練安平さんと会えるお立場ですか?」

「はい。練最高委員長とは毎日会い、ありがたいお言葉を頂いております」

堀源次郎は答えた。

「お言葉ですが最高委員長は此度(こたび)の戦を無益な争いとは考えておりません。われらの共和国の主権と理念を守るための聖戦と考えており、国民として命を差し出すに値するものです」

「だからそれは練安平さん個人の考えでしょう?」

蒼馬はいらいらしながら言った。

「あなた方は常人で構成された委員会と言う名の議会を持ってる。私はそれを高く評価してるんです。とても高くね」

「ありがとうございます」

「ところがあなたがたの口から出るのは“最高委員長は…”の言葉ばっかりだ。言い方が悪くて申し訳無いが委員会とやらが練さんによる洗脳の場と化しているんじゃないですか」

「申し上げますが、鈴野緒将軍」

堀源次郎はすっくと背筋を伸ばして答えた。

「この地方は共和国の建国以前、蛇眼族の支配にありました。彼らは蛇眼を用いて常人たちの社会を支配できると考えたのです」

「知っています」

「ところがそこに練最高委員長率いる解放軍が現れたのです。練最高委員長は常人による委員会の政治的決定と常人による富の共有を唱え、蛇眼族による支配を打ち破ったのです」

「いろいろと見解の相違があるようですね」

蒼馬はいらいらしたままだった。

「まず練安平の軍が蛇眼族の軍と互角に戦えたのは真叡教成練派の主流派から外れた僧たちがその蛇眼破りの知識を武器に多数参加したからだと言われています。それに当時蛇眼族は我々北方王国連合との戦いに注力しており、練野州共和国との戦いに裂ける戦力など無かった」

「そういう意見があることは私も知っています。ただもしそうだとしても…」

「最悪なのは独立戦争後です!」

蒼馬は吐き出すように言った。

「練安平は自身と蛇眼族との戦争に協力した成練派の一部僧侶を神格化し、自分たちの一族を永遠に豊かにするための仕組みを作ったじゃないですか。現にあなた方の国では一部の常人だけが世襲を許されている。これではせっかく蛇眼族による支配を我々が苦労して追い出したのに別の常人による支配を受け入れるようなものじゃないですか」

「お言葉ですが」

堀源次郎も負けずに言い返した。

「政治体制に関して言えば北方王国連合も大差はないと思えますが」

「私の妻の鈴之緒雪音(ゆきね)は、」

蒼馬も言い返す。

「常人による民主主義政治に向けて段階的な、血を流さない変革を提唱しています」

「でも奥方はやはり蛇眼族なのでしょう?どこまで信頼できますか?」

堀源次郎は言い放ち、蒼馬はどきりとした。

両者の間に気まずい空気が流れた。

しばらくして口を開いたのは堀の方だった。

「鈴之緒さま、返書などありましたら持ち帰りますが」

「…いや、特にない」

「では私は帰り、あとは最終決戦となるでしょう。鈴之緒さま、戦場でお会いできれば幸いです」

そして堀源次郎は背を向け、まだ何か言いたそうな蒼馬を残して去って行った。


北方王国連合と練野州人民共和国との最終決戦はこうして始まった。

そしてそれは思われたよりずっと呆気なかった。


鈴之緒蒼馬と堀源次郎の会談が終わってからすぐ、昼前に北方連合王国軍は練野州城への攻撃を開始した。

練野州人民共和国軍ははじめ弓矢を放つなどして反撃していたが、門が破られると刀剣や槍による白兵戦へと移行した。

しかし練野州人民共和国軍は北方王国連合軍に比べ人数が少なすぎた。

夕方前に白兵戦が始まり、暗くなる前には彼らの敗北は決定的になっていた。

すると彼らはあらかじめ決めていたのであろう、最終手段に打って出た。

みずから()()もる練安城の天守閣に火を放ったのだった。

練安平はじめ共和国上層部とその家族が事実上の心中を図ったといえる。

北方王国連合軍が戦闘に勝利した後も城を利用できないようにしたともいえた。


「なんて愚かなことを!」

もう暗くなった空を背景に燃えさかる天守閣を見ながら蒼馬は思わず吐き出すように言った。

周りでは彼の部下たちが勝利の勝ち(どき)を上げている。


そのときだった。

(けん)(りゅう)宗次(そうじ)との対決以来、蒼馬を悩ませるあの声が彼自身の頭の中から聞こえてきた。

「蒼馬…草原(くさはら)蒼馬よ…」

「なんだ?いつもうるさいぞ!」

蒼馬は自分の頭の中の声にいらだった対応をした。

声は堅柳宗次の声がする。

彼は蒼馬によって首を絞められて絶命する直前、彼のいわば得意技であった憑依(ひょうい)(じゃ)(がん)を蒼馬に向けて放っている。

それは蛇眼をかけた相手の意識を乗っ取ってより相手を確実に操る技術で、相手に憑依したように思えるためそのように名付けられたのだった。

情報では堅柳宗次は蒼馬の親友の赤間(せきま)(こう)()を処刑する際、妻の赤間加衣奈(かいな)に憑依の蛇眼をかけて小刀で刺すように仕向けたらしい。

許し難い所業であった。

その結果、加衣奈は夫より自分の胸を刺すことを選び、二人ともその場で命を落とし、遺体は北芹(きたせり)(がわ)に落下しまだ見つかっていない。

蒼馬は康太といつか外海(そとうみ)を渡ろうと約束したが、それは永遠に果たされぬ約束となってしまった。

忘れたくとも忘れられない事実であった。

結局蒼馬は仇を討つのだが、その際堅柳宗次は自分の意識の少なくとも一部を蒼馬に憑依させたらしい。

そして蒼馬はそれから十七年もの間、自分の頭の中の堅柳宗次の声に苦しめられることになった。

それは蒼馬が鈴之緒雪音と結婚し、娘である琴音(ことね)が生まれてからも続いたのであった。

「蒼馬よ…」

蒼馬の頭の中の宗次は(ささや)き続けた。

「この炎を見ろ。人はこんなにも簡単に奪う側になってしまう」

「うるさい!」

蒼馬はいつものように無理矢理頭の中の宗次を黙らせた。

「鈴之緒将軍」

部下が近付いて来た。

「彼らが自分で放火した天守閣に彼らの家族も引き入れたようです。女子供もいるようですが今からでも救出に向かいますか?」

「頼む。みなも安全に気をつけてくれ」

蒼馬はふらふらとした足取りで総作戦本部の天幕に入った。

自分は残虐(ざんぎゃく)殺戮者(さつりくしゃ)となってしまった。

頭の中で宗次が押し殺したような笑い声を上げている。

蒼馬を嘲笑(あざわら)っているようだった。

「…もういやだ」

蒼馬は(つぶや)くと頭から甲冑を外した。

そのままふらふらと天幕から出る。

部下が歩きながら困惑した顔で蒼馬を見る。

馬に乗り、蒼馬は誰にも何も言わずひとり戦場から遠ざかった。

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