第七話 第二章「想い出をたどって」其の三
「はい。彼女は真叡教でも成錬派に帰依しているのですが、成錬派の信奉する神獣・龍鳥に同じ霧の領域で遭遇しているのです」
「龍鳥?」
「はい。私も宗次様の決闘の際、それを見届けに来たのであろう龍鳥の影だけを目撃しております」
「そうだったのか…」
「鈴之緒雪音殿は別の日に龍鳥と意思疎通までされているようです」
「それはなんと…それで龍鳥はなんと…」
「成錬派の教えで、近いうちに蛇眼族の支配を終わらせる“おわらせるもの”という救世主伝説があるらしいのですが、彼女にその役を託すお告げがあったらしいのです」
「そうだったのか…」
「ところが彼女はその役を辞退し、代わって蒼馬殿と幸福になる道を選んだと言うのです」
「へえ…」
「驚くのはこれからです」
勘治はその身をぐっと泰雅に寄せた。
「龍鳥はそれならばと泰雅さまを“おわらせるもの”に選び、雪音殿もそれを了承したというのです」
「えっ⁉僕が⁉」
泰雅は驚いた。
「雪音殿の出した条件というのは、私の命を助ける代わりに将来の“おわらせるもの”として大事にあなたさまを育てて欲しい、ということだったのです。私が香流殿とともにあなたさまの養育に精を出したのもそのときの雪音殿との約束を守りたいとの気持ちがあったからです」
「そうなんだ…」
「だから今回の噂に関しても、泰雅さまに“おわらせるもの”としての能力が発現したのでは、と考えたのです」
そこまで話して勘治は非常に疲れた素振りを見せ、話を止めざるを得なかった。
泰雅も勘治には休んでもらうことを望み、彼の家を出ていくことにした。
近いうちに香流の家にも訪ねることを約束し、泰雅は勘治の家を後にした。
街道の上で再び馬に揺られながら泰雅は考えていた。
当初、泰雅は慶恩の都へ向かうつもりでいた。
ある程度の金さえあれば慶恩では泊まる場所にも、食べる物にも困らない。
何より野盗などがおらず、安全であった。
それは戦時下においてもそうなのであった。
だから泰雅は慶恩を行先に選んだし、母親の牧芽にもそう伝えていた。
だが本当にそうなのだろうか。
いまの泰雅にとって、慶恩に行くことが本当に正解なのだろうか。
泰雅はしばらく佐之雄勘治の言葉の意味するところを考えていた。
そしてふと馬を止め、大きく息をつくと馬の向きを変えた。
彼はもう慶恩の都を目指していなかった。
代わって彼が目指したのはかつて彼が常人の処刑に失敗した霧の領域であった。




