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蛇眼破り第二部~おわらせるもの~  作者: 石笛 実乃里


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第六話 第二章「想い出をたどって」其の二

昼下がりになった。

(けん)(りゅう)(たい)()は馬を家の横に止め、地面に無造作に打ち込まれた馬留めの(くい)手綱(たづな)を巻き付けた。

扉を叩く。

「こんにちは。突然訪ねて来てごめんなさい、(かん)()さん」

引き戸の扉が開いた。

そこに見えたのは佐之(さの)()(かん)()ではなく、老女の顔だった。

泰雅は戸惑った。

背の低い、おそらくは常人であろう老女もいぶかしげな表情で見上げるようにして

「どなたですかえ?」

と尋ねてくる。

「堅柳家の泰雅というものです」

と泰雅が自己紹介すると老女は(あわ)てたような様子で

「これはこれは失礼しました」

と自分の無礼な態度を詫びる。そして

「佐之雄さまは先週からお体の具合が良くないのです。私は普段堅柳邸にお勤めさせてもらっているのですが、奥様の(まき)()さまに命じられて佐之雄さまの家まで来て看病やら身の周りの世話を(おお)せつかっているのです」

と説明した。

泰雅は驚いた。

「ちょっと待ってください。僕は何も聞いていません」

それは事実であった。

もしかすると母親の牧芽が勘治を(した)う息子の泰雅が必要以上に心配しないよう(おもんばか)ったのかもしれない。

それにしても元服(げんぷく)前の息子に対してあまりにも無神経な対応であった。

もしかしたら本当に失念していたのかもしれない。

最近の牧芽の様子を思えばそれも本当に思えてくる。

「さあ…」

老女は明言を避けた。

「具体的な病名までは私もきかされていないのです。身の周りの簡単なことは御自身でできるようですが…詳しいことはお医者様が往診に来られたときでないとちょっと…」

「いま会うことはできそうですか?」

「さあ。それも…」

老女は言葉を濁したがそのとき奥の部屋らしき場所から

「泰雅さまですか?どうかこちらのほうへ」

と聞き慣れた声がする。続いて介護役の老女に向けたものであろう、

「トメさん、泰雅さまをお通しして下さい」

との声も聞こえた。

泰雅はトメさんと呼ばれた老女の案内で家の中に入り、広くはない屋敷の中、廊下を渡ってすぐの部屋、佐之雄勘治の寝室の(ふすま)を開けた。

「さすがよく我が家のことを御存知で」

布団の上、上半身を起こして寝間着姿で微笑んでいる佐之雄勘治がそこにいた。

「こんな格好で申し訳ございませぬ」

「小さい頃、いやというほどお訪ねしましたからね」

泰雅も微笑んで一礼した。

「こちらこそ突然訪ねてきて申し訳ありません。気分を変えようと独り旅を思い立ってその前に勘治さんに挨拶だけでもと思って寄ったのですが、そこで初めて療養していることを聞かされて…大丈夫ですか?」

「なに、たいしたことはないのです」

もう完全に老人となった勘治は微笑みを崩さないまま言った。

「なにか特定の病気になったわけではないのです。ただいきなり体を動かすのが億劫(おっくう)になって、牧芽さまに御相談申し上げたのです。そうしましたら牧芽さまが御心配なされて、トメさんを(つか)わすなどしてくださったのです」

「そういうことか…」

泰雅は胸を()で下ろした。

「仕事はもう何年も前に引退して、堅柳家のお屋敷には通わなくなってしまいましたからな」

勘治はため息をついた。

「泰雅さまがなにも聞かされていなかったとしても、無理のないことです」

勘治は泰雅を見つめた。

「最近はどうですか、泰雅さま?堅柳家のお屋敷にいづらくなるようなことはないですか?」

「やっぱり勘治さんは鋭いな」

泰雅は苦笑した。

「こっちは色々あってね。でもせっかく育ててもらった勘治さんが調子悪いときに心配かけたくないよ」

「なにを(おっしゃ)いますやら」

勘治はまた微笑んだ。

「泰雅さまはそれこそ赤ん坊の頃から本当にいい子で、わたしも乳母の香流(かなれ)殿も苦労することなどほとんどなかったのですよ」

「香流さん…」

泰雅は懐かしそうに(つぶや)いた。

佐之雄勘治はうなずいた。

「彼女も早くに夫を失い、色々思うところもあったでしょうに文句ひとつこぼさず、喜んで泰雅さまを乳母として育ててくださったのです。香流殿と泰雅さまを育てるのは、正直言って楽しかったのですよ」

「彼女もまた早くに引退して母親と一緒に自宅に(こも)ってしまったけど…」

泰雅が言うと勘治は微笑みを崩さないまま言った。

「この間はここを訪れてくださいました。わたしよりよっぽど若かったですよ」

勘治は言った。

「今だから正直に言いますが、わたしは香流殿を好いていたのだと思います、心から」

泰雅は思わず

「昔から知っていたよ、僕には隠さなくていいよ」

と言った。

「香流殿の状況もありましたが、当時は今より常人(じょうにん)(じゃ)眼族(がんぞく)の色恋沙汰は御法度(ごはっと)という空気があったのです」

真叡(しんえい)(きょう)(さい)恩派(おんは)の教えが絶対的だったからね」

「はい。特に牧芽さまはそう捉えていました。だから私も何も言えなかったのですが、彼女とともに泰雅さまを育てるのは正直私にとって無上の喜びだったのです」

その牧芽がいま晒されている噂のことを考えると、泰雅は複雑な気持ちとなった。

「とりあえず、僕に本心を言ってくれてありがとう」

泰雅は言った。

「香流さんの家にも近いうち訪ねに行ってみるよ」

「泰雅さまが物心ついて学問所にも通うようになって久しくお会いしていませんでしたからな」

勘治の言葉に泰雅は思わず

「ごめんなさい」

と思わず香流に会いにいかなかったことを詫びた。

「色々あって、自分のことだけでいっぱいいっぱいだったんだ」

「そのことなのです」

年老いた勘治は心配そうに若い泰雅を見つめた。

「最近学問所を辞められたと風の噂で聞きました。色々と不名誉ととられかねない噂をたてられていることも…」

「蛇眼が使えないとか?」

「はい。それと常人に蛇眼破りの能力を与えたとか…」

「まったくそんな噂までたってるのか」

泰雅はさすがに表情を険しくした。

勘治はしばらくなにかを考え込むような表情をしていたが、やがて

「泰雅さま。これはいままで申し上げなかったのですが…」

と切り出した。

「うん。構わないよ.なんだい?」

泰雅は尋ねた。

「実は私はあなたの父君の堅柳宗次(そうじ)様が決闘に敗れて直後、霧の領域内にあったその場所に向かって決闘の相手とも会っているのです」

「その話なら以前にもきいたことがある」

泰雅は言った。

「その場にいたのは当時北方鎮守府の最高司令官で北部総督でもあった鈴之緒(すずのお)一刹(いっせつ)の娘、鈴之緒雪音(ゆきね)さまと彼女の現在の夫で常人ながら高名な蛇眼破りの使い手である鈴之緒蒼(そう)()殿、それに父上に息子夫婦を殺されたと主張する常人の女性だった」

「はい。当時その男性は草原(くさはら)蒼馬と名乗っていたと思います。彼の父親の草原塩(えん)(れい)は北方王国連合のひとつ、アテルイ王国の著名な開国派で彼がまだ赤ん坊の頃に同国の鎖国派に暗殺されたそうです」

「そうだったのか…ありがとう、調べてくれたんだね」

「はい。実はその常人の女性の息子を最終的に斬ったのはほかならぬ私なのですが、私にも復讐するよう蒼馬殿に頼んでいたのです」

「なんと…それは聞いてなかった。子供を殺された親の気持ちとしては仕方ないけど…」

「しかし、そこで鈴之緒雪音殿が不思議な条件を出して私の命を助けて下さったのです」

「不思議な条件?」

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