第五十三話 第十三章「霧の領域ふたたび」其の四
龍鳥は龍三丸の頭を撫ぜながら時折背中の翼をゆらめかせたが、龍鳥が翼を動かすたび泰雅は温かな風を頬に感じた。
「ここは霧の領域としては不安定です」
馬の上から岬野成礼が声を上げた。
「霧の領域が移動していて、ここもいつ霧の領域でなくなるかわかったものではない。龍鳥さまも猿田彦さまも長居して大丈夫なんですか?」
「まったく、自分のミズトカゲが動かないと現金なものだな!」
猿田彦が鼻を鳴らすようにして言った。
確かに岬野成礼も鞍の後ろに結わえ付けた木箱の蓋を開け、龍二丸を解放していたのだが、活発な龍二丸にしては珍しく、龍鳥を怖がっているのか木箱に入れた壺の底、低く張った水の底にうずくまるようにじっとして、動こうとしなかった。
龍二丸は龍三丸と違い心の交流をしてこなかった。だから龍鳥と交信する方法もわからないのだろう。
馬の上、横から見ていた海堂龍治は思った。
一方龍三丸は龍鳥の鉤爪に頭を撫ぜられて、泰雅の他にもうひとり親を見つけたように気持ち良さげにしている。
泰雅は龍鳥が自らの鉤爪の鋭い部分を当てないようにして龍三丸を傷付けないようにしているのに気付いた。
そんな泰雅に猿田彦は話しかけた。
「さて、堅柳泰賀、おわらせるものよ」
猿田彦は言った。
「そこの海龍つかいの弟子の若者の言うことにも一理ある。ここの霧の領域は不安定だ。いつ霧の領域でなくなるかもしれない。そしてわたしも龍鳥さまも霧の領域でないと生かされない。もうおまえに言うべきことは言ったし、早くはあるが去ってもいいかな?」
「ええ」
泰雅は答えた。
「龍鳥さまの言葉を伝えて下さり、ありがとうございます」
猿田彦はにいっとにやける表情をしてうなずき、まだ龍三丸を名残惜しそうに撫ぜている龍鳥の角の横にある鋭い角度の耳に何かをささやいた。
龍鳥は甲高く鳴いた。
猿田彦はそれを聞いてから言った。
「堅柳泰賀、おわらせるものよ」
「はい」
「おまえは一旦この霧の領域を離れ、魚御崎に戻らねばならぬようだ」
「はい」
「だがすぐに戻ってくると龍鳥さまは仰っておられる。そしてそのときには草原蒼馬を故郷に連れて帰るための家族と、自分の仲間も伴うであろうと」
猿田彦は瑠璃を横目でちらりと見た。
瑠璃は両目をいっぱいに見開いて泰雅と猿田彦を見ていた。
とうとう龍鳥は龍三丸の頭を撫ぜるのを止め、腕を引いた。
大きくその背から伸びた金色の翼が羽ばたく。
堅柳泰賀以下四人はその翼から生み出される強く熱い風のために、手綱を持っていない片手で自らの顔を護らなければならなかった。
龍鳥はついに空へ舞い上がった。




