第四十七話 第十二章「海龍研究所」其の九
「夢ってなんだい?」
泰雅は訊いた。
「人に懐いてくれる海龍がいっぱいつくれたら、海堂家は列島世界でいちばんの海龍つかいの一門になれるでしょう?」
「うん」
「そうしたらもう一度、中津大島と南之大島の間を人々が心配なく行き来できるようにする。もう一度航路を開くのよ。それだけじゃない。列島世界の人々が外海を超えて外の世界に挑戦していく、その背中が押したいの」
「それは素晴らしいことじゃないか…」
言ってから頭に火花が散ったように泰雅は感じた。
食いつくように瑠璃に訊く。
「…いま、南之大島って言ったよね?」
「ええ。あそこはいまだに多くの人が住むし、地元の豪族もいる。ただ海龍のせいで中津大島と自由に行き来ができなくなってる。それがなにか?」
「なんで今まで思い付かなかったんだろう!」
泰雅は自分の頭を叩いた。
「蛇眼族は南之大島に行けばいいんだ!」
瑠璃は泰雅が自分の思いつきに熱くなるのを冷静にみていた。
そして言った。
「たしかに名案よね。もし蛇眼族がみんな南之大島へ去ってくれて、固まって住んでくれでもしたら中津大島は常人のものになるわ。でもそんなにうまくいくかしら?なによりいま、南之大島への航路はまったく安定していないじゃない」
「だからそれを安定させるんだよ!僕たちの力で!」
泰雅は相変わらず自分の考えに熱くなっていた。
神がこの考えに自分を導くために自分をここに導いてくれたような気がしていた。
泰雅は熱い気持ちのまま言った。
「こうなったら神奈ノ(の)国の側につくのは止めだ。僕は北方王国連合の側につくよ。そして海堂家とともに南之大島への安全な航路を確立し、貝那留王朝の蛇眼族を説得しながら南之大島に一地域を確保し、蛇眼族全員を移住させる。全員だ!」
「できると思う?」
瑠璃は冷静に訊いた。
「できるさ!それでこそいまの戦いもあるんだ。常人でも “蛇眼破り”を使えば蛇眼族と互角に戦えるっていう…」
「そういうことなら、」
瑠璃は返した。
「海堂家は夢の実現に急がなければいけないようね。でもあなたは大丈夫なの?あなたも蛇眼族なんでしょう?」
最後の言葉を瑠璃はおそるおそる発した。
「そうだよ」
泰雅は答えた。
「僕も蛇眼族だ。だから僕も南之大島に渡って、そこで他の蛇眼族とともに生き、ともに消えてゆくだろう。それが僕の覚悟だ」
瑠璃が相変わらず涙のたまった目で自分を見つめているのに気付いて、泰雅は
「もちろんどこへ行っても海龍つかいの修行は続けるよ」
と加えた。
「龍三丸だってちゃんと育てるつもりだ」
「そういうことなら、」
瑠璃は言った。
「わたしも南之大島に行きたいな」
「いや、君までそう思うことはないよ」
泰雅はあわてて言った。
「君は常人で蛇眼族でないし、この件で背負っているものなど何もない」
「だからそうじゃなくて!」
瑠璃は泰雅を見つめたままぴしゃりと言った。
「わたしはあなたが重荷を背負うとき、それを分けて背負いたいって言ってるの !」
泰雅は幼児のように口をぽかんと開けた。
その時だった。
「おはようさんよ!ふたりともはやいねー」
と声がする。
トメだった。
「いつもこの時間に自分の集落から来て為之助さんに朝ごはんを作ってあげるんだよ」
トメは説明した。
「頼まれた洗濯物が乾いてれば持ってきたりもする。今朝も見てみたんだけど、洗って干したのが遅かったからねー」
為之助がトメに、旅してきて汚れた四人の服の洗濯を頼んでいたのだった。
「おはよう。あいかわらずはやいね」
研究所の方向からも男の声がする。
為之助だった。
無精髭姿で両手を空に伸ばし思い切り気持ち良さそうに伸びをする。
「瑠璃さんも堅柳泰賀君も朝から熱心なことです。それとも私なんぞに邪魔されたくない何かがあるのかな?」
為之助はほんの冗談のつもりで言ったのだが、言われたふたりの顔は真っ赤になった。
さらにまずいことに研究所の扉からゆっくり出て来たのは龍治だった。
龍治は瑠璃がひとりでいると思っていたらしい。
眠たげな声で、
「瑠璃、龍一丸がかわいくてもあんまり根を詰めていると——」
とそこまで言って泰雅の存在に気付いたらしい。
一瞬彼をにらみ、後は黙りこくってあわてて礼をした泰雅との間に気まずい空気が流れた。




