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蛇眼破り第二部~おわらせるもの~  作者: 石笛 実乃里


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第四十六話 第十二章「海龍研究所」其の八

やがて晩夏(ばんか)西日(にしび)となり、夕食の時間となった。

研究所の片隅(かたすみ)には一段上がった座敷(ざしき)があり、足が短いちゃぶ台もある。

ちゃぶ台の上にはみんなにトメさんと呼ばれる老婆(ろうば)家政婦(かせいふ)がつくったばかりの夕食が湯気(ゆげ)を立てていた。

雑穀(ざっこく)が混じった米、汁物(しるもの)、そして今度は野鳥の肉だった。

はっきり言って昼食と大きく変わっているのはおかずだけだったが、美味(おい)しいことに変わりはなく、海龍つかいとその弟子の四人住み込みの研究員の

為之(ための)(すけ)はぱくつくように食べた。

夕食時に(たい)()(りゅう)()たちに、(りゅう)三丸(さんまる)との交流でわかったことを話し、龍治は

「今日は新発見だらけの日だ」

と言って喜んだ。

夕食のあとはトメさんと為之助が協力してつくったこれまた研究所の片隅にある風呂に瑠璃(るり)だけの女性と、その他男性陣とで二回に分けて入った。

男性陣は皆瑠璃に変な気を起こしているんじゃないかと勘繰(かんぐ)られるのを(きら)っていたので我慢強く女性の瑠璃が入浴を終えるまで待った。

一方瑠璃はささやかでも入浴できるとあってご機嫌で、風呂場の扉越しに鼻歌が聴こえてくるほどだった。

入浴後の森の中は暗くなり、トメさんも明日の朝食を用意して近くの集落へ帰って行ったので早々と寝ることとする。

寝る場所と薄い煎餅(せんべい)布団(ぶとん)を人数分、これも座敷(ざしき)奥にある押し入れに見つかった。

研究所の(すみ)にある膝ぐらいの高さに一段上がった座敷はちょうどふたつあり、ひとつには女性の瑠璃、もうひとつは夕食を食べた場所であったがちゃぶ台を押し入れに片付けてその他男性陣がひしめき合うように眠ることとなった。

かくして男性陣は、これでは毎晩野営(やえい)のようだ、いやいっそのこと本当に野営しようかとぼやきながら眠ることとなった。

当初来る予定の無かった泰雅は自分が外で眠ることを申し出たが、龍治は冗談を言うな、という感じで却下(きゃっか)した。

泰雅が神奈(かな)ノ(の)(くに)(はち)家門(かもん)のひとつ・(けん)柳家(りゅうけ)ただひとりの生き残りという“重要人物”であることを感じていたのか、(みさき)()(せい)(れい)も文句を言わずその細い長身を折り曲げるようにして(すみ)の方で早々と眠ってしまった。

瑠璃は余裕のある広さでひとり早々と寝息をたてていた。

長い旅路と人に(なつ)くミズトカゲに出会えた興奮とで見かけより疲れているのに違いなかった。

それに加えて風呂の快適さもあったのだろう。

かくして女性ひとりと男性四人は男女格差はそのままに眠りにつくこととなった。


朝早い時間になった。

泰雅は男性陣のなかでいちばん早く目覚めた。

目覚めてすぐ瑠璃が先に起きてどこかに行っているのに気が付いた。

泰雅は狭いなかなんとか立ち上がると、まだ寝息をたてている他の者を間違って踏んづけたりしないよう注意しながらなんとか外に出られる格好に着替えた。

ごめんなさい、と言いながらまだ横になって眠っている龍治や為之助をまたぎ、座敷を降りて()(もの)を履く。

(おけ)の中で浅い水につかって龍三丸はもう起きてもぞもぞ動いている。

泰雅は龍三丸におはよう、と思念を送った。

泰雅はようやく外に出た。

生れたばかりのような日の光と空気がそこにあった。

川のせせらぎの音が聞こえる。

北芹(きたせり)(がわ)の音だった。

高い木々の間で、泰雅は思わず伸びをして、深呼吸した。

新鮮な空気が肺に入って来る。

気持ち良かった。

そしてすぐ目の前に瑠璃がいるのを認めた。

瑠璃はしゃがんでこちらに背を向けていた。

地面に置いた桶のなかに片手を入れ、なにか話しかけているように見える。

「…瑠璃さん?」

泰雅は声をかけた。

瑠璃は振り返り、微笑んだ。

「あら、おはよう。他の人は?」

「おはよう。他の人はまだ寝てるよ」

泰雅は答えた。

「あら、そうなの。わたしは朝早く目が開いちゃって。外に出たらあんまり気持ちが良くって、思わず龍一丸を連れてきちゃった」

水を張った小ぶりな桶の中にいたのはミズトカゲの(りゅう)一丸(いちまる)だった。

早朝なのに元気良く水の中で飛び跳ねるように動いている。

瑠璃は相当龍一丸を気に入っている様子だった。

「仲がいいんだね」

と泰雅は思ったことを口にした。

「そうでしょう?」

瑠璃は泰雅を肯定していた。

「きのう(りゅう)一丸(いちまる)がわたしにあてがわれたとき、思ったの。いま(うお)御崎(みざき)の海にいる治郎(じろう)(まる)のときはすべてが当てずっぽうだったけど、龍一丸はそれこそお母さんのように愛情をかけて計画的に育てていこうって」

「そうなんだ…」

泰雅は感心していた。

瑠璃は続けた。

「そうなると治郎丸のことが気になるけど、お父さまの見たところでは海龍として独り立ちしていってるみたいだし、なによりお父さまが面倒を見たいみたい」

「そうなんだ…」

「そんなわけでわたしは龍一丸に集中できそう。泰雅くんこそごめんね、なんだか(りゅう)三丸(さんまる)を押し付けたみたいで」

「とんでもない」

泰雅は首を振って否定した。

「瑠璃さんのお父さんが弟子として迎えてくれたおかげで、北方王国連合の勢力圏内でも(つか)まりもせず、飢えもせずに生活できてる。感謝しかないよ。それに僕は龍三丸のことがとても気に入ってるんだ。これからどうなるかはわからないけど龍三丸とは別れたくない」

「そこなのよ」

瑠璃は言った。

「あなたは堅柳家の跡取りとして、神奈ノ国に戻らなくちゃいけない。北方王国連合と戦うことになるかもしれない。そうでしょう?でも海堂家は北方王国連合と生きて行くって決めさせられたのよ。もしあなたが堅柳家に戻るとなったら、海堂家は(まも)られるのかしら?そして龍三丸はどうなるの?きっとあなたのこと、あたらしい親みたいに思っているでしょうに」

「海堂家は絶対守る。約束するよ」

泰雅は言った。続けて言う。

「龍三丸も僕が育て続ける。必ず立派な海龍に育てるよ」

「ほんとう?」

瑠璃が泰雅を見つめて尋ねてくる。

その目に涙がたまっているのに泰雅は気付いた。

泰雅はすまない気持ちでいっぱいになった。

「ごめんね。いらない心配をかけてしまって」

泰雅は素直に謝った。

「堅柳の郷に戻ったら母親に訳を話して、海堂家に戻って来るよ。それで海龍つかいの修行は続行する。龍三丸を育てるのも続ける」

泰雅が言うのを聴いていた瑠璃は口を開いた。

「海堂家にはね、夢があるの」

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