第四十五話 第十二章「海龍研究所」其の七
龍治はふたりの言葉をきいてしばらく考え込んでいたが、やがてもう考えまいとするかのように両手のひらで自分の両頬をぱちんと叩いた。
「まったく、今日一日で海龍のことがどれだけわかるんだ」
龍治は言った。
「しかしちょっと悔しいがここから先は慶恩の都の学者の先生たちと一緒にやって行かねばなるまい」
「微生物の名前はこっちでつけても良いそうですよ」
為之助が言った。龍治は、
「ではそうさせてもらおう。為之助さんと自分とで今日一日かけて考えよう。みんなはあてがったミズトカゲとなにをするか考えてみてくれ」
と返した。
結局その日は夕まで十分に忙しいこととなった。
龍治と為之助は微生物の名前を考え、結局“カイリュウムシ”という案になった。
また為之助の慶恩の都行きの打ち合わせをしなくてはならなかった。
瑠偉を含む弟子たちはまだ小さなミズトカゲといわば”お互いの自己紹介“を戯れのなかにうまく取り入れようと懸命になっていた。
泰雅はといえば龍三丸をより小さな、膝の上にでも乗せられそうな桶のなかにうつし、よりひとりと一匹に近い状況になってさっきやったような以心伝心ができないか、ずっと試しているような状況だった。
龍三丸は一匹だけになっても相変わらず大人しく、桶の隅に黒い小さなかたまりがうずくまっているように丸まっていた。
泰雅はそんな龍三丸を見てよりいっそう愛おしく、親近感を感じた。
さっそく思念を飛ばしてみる。
泰雅は龍三丸に
「こんにちは。僕は堅柳泰賀。きみのあたらしい飼い主だ」
ととりあえず挨拶の思念を送った。
しばらくは何の反応もないように思えた。
だがそのあとから漠然とした不安感が波のように泰雅に届けられた。
泰雅はそれをしっかりと受けとめた。
「だいじょうぶ。なにもいやなことはしない。安心して」
泰雅ははっきりとした思念を送るのを教えてやるように、龍三丸を見つめながら思念で語りかけた。
そんな風に泰雅と龍三丸は午後いっぱいをかけて意志を通わせる練習をしていた。
そして泰雅はミズトカゲと海龍についてより多くの知識を得ることができた。
龍三丸が唯一の思い出として送ってきた誕生の場面がある。
龍三丸として彼は両性具有の存在として、波のおだやかな砂浜の近くで他のミズトカゲと一緒に粘液に包まれた卵から生まれた。
浅い海の底も白い砂地で、太陽光が届いている。所々に海草が生えている。
龍三丸には生まれてすぐの仕事があった。
北芹河のものを食べ、北芹河を上って完全に河の生き物として数年間は生きるのだ。
つまりミズトカゲは元々海で生まれた、海の生き物なのだ。
それが成長すると一部のミズトカゲはオスとメスに分かれ、北芹河の河口へと下りて行く。つまりミズトカゲは淡水生物とされるが、元来海の生き物と言えるのだ。それで一部のミズトカゲは成長してまた河口へ、海の近くへと戻っていく。
つまり海龍とは、遠く旅立って成長したミズトカゲではなく、故郷に帰って成長したミズトカゲといえるのだった。




