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蛇眼破り第二部~おわらせるもの~  作者: 石笛 実乃里


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第四十三話 第十二章「海龍研究所」其の五

(りゅう)()は続けた。

「しかしながら我々は“(かい)(りゅう)つかい”でもある。誰よりも海龍をうまく(あやつ)れるというのを自負(じふ)し、目指(めざ)している。高い金を出して海龍の研究所まで作ったのも海龍のことを深く知ることがより良き海龍つかいになる道と信じてのことだ」

皆はうなずいた。

「そして今回の発見は一介(いっかい)の海龍つかいとしてはちと()が重い。一番の功労者(こうろうしゃ)でもある為之(ための)(すけ)さんにいままでの慰労(いろう)も兼ねて後日(ごじつ)(けい)(おん)(みやこ)へ行ってもらい、どういうかたちで発表するか王府と相談してもらうというのはどうだろうか」

みな異論も無かった。

為之助の意見はこうだった。

慶恩の都まで出向いて学者たちに今までの研究成果を発表するのは全然構わない。

自分もこんな山の中で浮世離れした生活をずっとしてきて、そろそろ都会の雰囲気が恋しくなってきたし、

世話になった慶恩の学者に直接会って礼を言いたいというのもある。

自分には似つかわしくないが学者としての野心というのもある。

なるほど、今回の発見は海龍という生物に対しての大発見といえた。

発表すれば研究者たちは騒然(そうぜん)とするだろう。

だが気がかりなのは発表する先が神奈(かな)ノ(の)(くに)貝那留(かいなる)王朝(おうちょう)の学府という点だ。

いま北方王国連合と戦争中で、風前の灯火という噂もある。

そんな国の学府が新しい知見に耳を傾けてくれるだろうか。

おまけにかの国は学府まで真叡(しんえい)(きょう)(さい)恩派(おんは)とべったりくっついているという(うわさ)がある。

真叡教斎恩派の教義に反する、つまり気に入らない研究は研究途中で(つぶ)されるときいたことがある。

そんな状態の学府にここで得られた研究成果を持って行って大丈夫だろうか。

いっそのこと北方王国連合に話したほうが軍事的価値を見出して重用(ちょうよう)してくれるかもしれない。

龍治は為之助の意見をずっと聞いていた。

聞き終わってもしばらく考えていた。が、やがて

「ええい、俺はやっぱり一介の海龍つかいに過ぎん。(むずか)しい政治の話はさっぱりだ。そんなことより腹が減った。まだ為之助さんに(せい)(れい)君と(たい)()君の紹介も済んでいやしない」

と吐き出すように言った。

ちょうどそのときに、ふだんは為之助のために食事を作ったり、掃除や洗濯などの家政婦の仕事をしてくれる老婆が近くの村から歩いてやって来た。

名前はトメといった。

「やあ、トメさん」

為之助はいつもらしい調子で話しかけた。

「前からの話通り、今日は四人ほど客人が来ている。長い道を旅してきて腹が減っているみたいだから、まず食事を用意してくれないか。それから申し訳ないが私も入れて五人分の洗濯ということになる。しばらく続くと思うけど、大丈夫かい?」

「あいよ」

トメと呼ばれた老婆も慣れた調子で返事して、台所に入った。

旅人だった四人は正直言って空腹だったが、辛抱強く待った。

するとしばらくして食事が出て来た。

熱い白米と近くで取った山菜の漬物と(いた)め物、そしてこれも近くの北芹(きたせり)(がわ)で獲れたのであろう、川魚の塩焼き、加えて海草と豆腐の味噌汁という単純なものだった。

だが美味(うま)かった。

旅して来た四人と為之助はそれらの急ごしらえの食事をかき込むように食べた。

言葉少なくなりながらも、龍治は為之助に成礼と泰雅を紹介した。

龍治自身と為之助はそれこそ雇い主と雇われ人の関係であったし、瑠璃(るり)は今よりずっと小さいころから龍治についてミズトカゲが海龍の幼生である秘密まで知っていたぐらいここに来て、何度も為之助と顔を合わせていたのでずっと以前に紹介済みであった。

為之助が驚いたことは泰雅が(けん)(りゅう)家の人間であること、しかも(けん)(りゅう)宗次(そうじ)の一人息子であるという点だった。

それを知った途端、為之助に緊張に走るのがわかった。

為之助にとって堅柳宗次は北方侵攻作戦で戦死した敗軍の将としてより、八家門のうちひとつの家の当主という印象が強いらしかった。

さっき神奈ノ国より北方王国連合へ海龍の情報を与えることを提案したからだろうか、為之助はずっと気まずそうな顔をして泰雅の顔をちらちら見ていた。

どちらにせよ泰雅は恐縮して身を(ちぢ)こますだけであった。

一方岬(みさき)()(せい)(れい)は出身に関して何ら後ろめたいことがなく、胸を張って一番弟子としての紹介を龍治から受けていた。

美味しい食事が終わって、紹介された弟子ふたりは瑠璃とともに今回のいわば合宿の課題を龍治と為之助から出されることとなった。

海堂家の本拠地である(うお)御崎(みざき)の海には、治郎(じろう)(まる)という海龍がいる。

龍治と瑠璃によると、ふたりは治郎丸をそれこそ幼生(ようせい)のミズトカゲのときから可愛がり、十年後には立派な海龍として育て上げている。

ただしこんなことが偶然できたのは、治郎丸ただ一頭だけである。

海堂家としては、第二、第三の治郎丸が欲しかった。

そして今回研究所を訪れ、人に(なつ)くミズトカゲを三匹育てていることを確認している。

丁度(ちょうど)今いる弟子の数と同じだ」

龍治が何やら意味ありげに言う。

弟子たちは身を固めた。

龍治の考えというのはこうだった。

弟子ひとりに対し、一匹もしくは余裕があれば二匹のミズトカゲをあてがう。

もちろん海龍の幼生としてだ。

弟子はあてがわれたミズトカゲを手塩にかけて育て、数年もかければ十分に大きくなる。

大きく成長したところで弟子は自分にあてがわれたミズトカゲを一旦北芹河の河口に放流する。ミズトカゲは河口の水草を食べて育ち、例の微生物を自らの体内に取り込んで多くが海龍へと成長するだろう。そしてそのうちの多くは弟子たちに(なつ)いたままに違いない。

そうして現在の海堂親子と治郎丸のような仲の良い人間と海龍が何組も誕生するに違いない。

冷静に考えればうまく行き過ぎな構想ではあったが、みなを熱くさせるのには十分だった。

「俺、やります!」

長年家事手伝いをやらされ、やっと海龍つかいの修行が始まったらしい岬野成礼が息巻くように言った。

「いや、やってみせます!何年かかるとしても!」

彼は言い直した。

龍治はにっこりした。

「すごいやる気だな?さっき見せた三匹のミズトカゲを覚えているだろう。瑠璃は治郎丸で経験済みだからな、失敗はしてもらいたくないから一番元気で人懐っこいやつを任せよう」

「まあ」

瑠璃はそれだけ言った。

「ちなみに名前は(りゅう)一丸(いちまる)って呼んでます」

為之助は食事の最後の一口を頬張りながら言った。

「元気な順に龍一丸,(りゅう)二丸(にまる)(りゅう)三丸(さんまる)って呼んでます。言いにくいですかね?」

トメが布切れで両手を拭きながら不思議そうな顔をしてこちらを見ている。

「いや、覚えやすくていいな。二番目に人に懐いている龍二丸を成礼君に任せようと思うんだが、良いかな?」

龍治は言った。

成礼は勢いよく、

「はい!」

と返事した。

やっと海龍つかいの修行の先鞭(せんべん)がつけられる喜びに打ち震えているようにも見える。

「泰雅君にはいちばんおとなしい龍三丸を任せたいと思うんだが」

龍治は慎重に言った。

泰雅は自分にあまり負担がかからないよう気を使われているのを感じた。

だからこその龍三丸なのだろう。

泰雅は急に龍三丸が愛おしくなった。

「別に構わないです」

泰雅は努めて明るく振舞いながら言った。

言いながらふと心配になった。

龍治の考えによると、幼生のミズトカゲが海龍になると判るのに少なくとも数年かかる。

長期的な計画であった。

自分の場合、その間になにが起こるかわからない。

もしかしたら、堅柳の(さと)に帰ってしまうかもしれない。

考えたくもないが、戦場にいるかもしれない。

その立場の不安定さを考えると、龍治が泰雅にいちばんおとなしく人に(なつ)かない、つまり有用(ゆうよう)な海龍にならない可能性のあるミズトカゲをあてがうのは無理のない判断に思えた。

「頑張って龍三丸と友だちになります」

泰雅はふたたび努めて明るく龍治と成礼に振舞い、

龍治はなにか安心して満足したような、

成礼はどこか不思議そうな、なにか訊きたそうな顔をしていた。

どうせ自分の今後に関することに違いなかった。

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