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蛇眼破り第二部~おわらせるもの~  作者: 石笛 実乃里


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第三十九話 第十二章「海龍研究所」其の一

海堂(かいどう)家は漁師町の(うお)御崎(みざき)の他に、北芹(きたせり)(がわ)の西側の河口付近、地図上では上付近に研究所とでも呼べるものを一箇所持っている。

北芹河は中津(なかつ)大島(おおしま)の北部にあり、列島世界最大の島を南北に分断している。

地図上ではその中心に軍都・北練(ほくね)()があるが、海堂家の研究施設はそこからも遠かった。

北練井のあるところ付近を中心として、北芹河の両岸は北の大崖(おおがけ)と呼ばれる高い断崖(だんがい)絶壁(ぜっぺき)となっている。

そして河口からすぐ外には人の乗る船を残さず破壊する海龍たちがいた。

そして海龍つかいの数は限られていた。

人の流れは獰猛(どうもう)なミズトカゲの住む、深い北芹河に(はば)まれ、逆に大昔に神奈(かな)(くに)から逃れた常人(じょうにん)(じゃ)(がん)(ぞく)の人々に北方王国をつくらせることとなった。

それを可能にしたのが北の大橋(おおはし)の存在だった。

北の大橋とは現在北練井のある位置から北芹河をまたいで北の大崖に太古から唯一かかった橋のことで、前史(ぜんし)時代の遺物といわれている。

ようするに誰がどのようにつくったのかわからないのであった。

その白い巨大な橋は北の大崖に唯一かかり、多くの人を渡すことができた。

だからこそ神奈ノ国が(おこ)ったとき、多くの人が北へ逃れる事が出来た。

しかしそれを良しとしなかった神奈ノ国の蛇眼族は北の大橋の南側の出入口に壁を築いて橋を塞いでしまった。

かくして“北の大橋”は“北の大壁(おおかべ)”となった。

十七年ほど前に、謎の“力”によって“北の大壁”が崩され、再び北の大橋が渡れるようになった。

それが原因となって、神奈ノ国は(けん)(りゅう)宗次(そうじ)を最高司令官とする北方侵攻を(くわだ)て、中津大島の北端に位置するイカルガ王国に敗戦、堅柳宗次は戦死という結果となった。

北方の王国はイカルガ王国を中心に、一度は侵攻軍に敗戦したアテルイ王国も加わり北方王国連合を結成、南下を続け、北の大橋や北練井もとうに超えていまや中津大島の中央にある慶恩の都にまで迫る勢いだった。

彼ら北方王国連合の旗印(はたじるし)は“常人による統治の復活”。

一方で建国以来蛇眼族による統治を行ってきた神奈ノ国は貝那留(かいなる)王朝(おうちょう)時代において存亡の危機に立たされているのであった。

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