第三十六話 第十章「戦いのあと、それぞれ」其の十
瑠璃は海龍の両眼の色が荒々しく思える紅色から、徐々に元の黄色がかった穏やかな色調に戻っていくのを見た。
ついに海龍の両眼は元通りの色となった。
瑠璃には海龍がわずかにうなずいたように見えた。
海龍は音も立てずその頭の向きをくるりと反対側に向けると、ゆっくりと海中に沈んだ。
そして巨大で長い体をうねらせ、群れへと帰って行った。
群れはしばらく海龍使いの舟の周りをぐるぐると回っていたが、やがて群れで最大の海龍の頭を先頭に列になると舟から離れて行った。
それを舟の上から立って見ていた龍治と泰雅はほぼ同時にため息をついた。
「…一件落着といったところだな」
しばらくして龍治は誰ともなく呟くと泰雅の方を向いた。
「きみは…堅柳泰賀といったな?本当の名は」
「ええ、そうです」
いままで偽名を使っていたのが恥ずかしい泰雅はうつむいた。
「堅柳宗次の息子さん…なんだね?」
龍治がなおも訊く。
泰雅は顔を上げて龍治を見つめると言った。
「いままで本当にすみません、偽名なんか使ったりして。お許しください。」
泰雅は頭を下げた。
「でも本当の名前を出すと海堂家に迷惑が掛かると思ったんです。あ、瑠璃さんにもこの件は黙っていました。すべて僕ひとりの判断です」
「嘘よ!」
泰雅のすぐ後ろで体を安定させるために舟にしゃがみ込んでいた瑠璃が声を上げた。
「わたしははじめから彼の本当の名を知ってたわ!ここらへん一帯が北方王国連合のものに変わったから彼を守ってあげようと思っただけよ!」
「ともかくだ、」
龍治は娘の主張を強制終了させるかのように言った。
「今回はきみのおかげで助かったようだ。礼を言わなければならないだろう。どうもありがとう」
龍治は軽く頭を下げた。
泰雅は恐縮しながらも、弟子にも頭を下げられる海堂龍治という人物にあらためて尊敬の念が湧き上がってくるのを感じた。
「泰雅くん、」
龍治はなおも言った。
「きみのお陰で、われわれも海龍に対する姿勢を再検討しなければいけないと思い知った」
「そんな…僕も海龍のことは全然知らないんです。今日会ったのが初めてなぐらいで…」
「そこでだ泰雅くん。今度北芹河河口近くに、うちの海龍研究所があるんだが、そこに一緒に行ってみないか?元から瑠璃と岬野成礼君は連れていくつもりだったんだが、良ければ一緒にどうだ?きみももっと海龍のことを知りたいだろう?」
「ええ、それはそうですけど…」
泰雅は思わずちらりと振り返って瑠璃を見た。
瑠璃はあきらかに一緒に来なさい、という表情をしていた。
そこで二日後の旅立ちがいきなり決まってしまった。




