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蛇眼破り第二部~おわらせるもの~  作者: 石笛 実乃里


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第三十四話 第十章「戦いのあと、それぞれ」其の八

「あなた、治郎(じろう)(まる)に気に入られたみたいね!」

瑠璃(るり)呑気(のんき)なものだった。

「そうかな?治郎丸っていうあの(かい)(りゅう)、あまり僕には友好的に見えなかったけど」

(たい)()こと田原(たわら)真一(しんいち)は答えた。

やがて遠くの海にしぶきが見えた。

数匹の海龍の群れが体をうねらせ、こちらに泳いできたのだった。

そのなかには治郎丸もいるはずであった。

治郎丸はオスだと思うが、彼が他の海龍と意思(いし)疎通(そつう)して、自分たちは敵でないことをわからせ、他の海龍が自分たちの舟を襲わないようにしてもらわなければならない。

(りゅう)()と瑠璃は以前別の海域で似たようなことをしたのか、治郎丸を信頼しきっているように見える。

治郎丸は以前群れには属さなかったとのことなので、一匹で護衛(ごえい)のようなことをしてもらっていたのかもしれない。

漁師(りょうし)(ぶね)では数人の漁師がすでに海へ(あみ)を投げ入れ、それを船に引き入れ始めていた。

網の上には幾種類もの魚が跳ねている。

海龍たちははじめその漁師たちの獲物を狙っているように泰雅には思えた。

もしかしたら漁のはじめに魚をおびき寄せるために海に()いた、干し肉がまだ魚に食べられず余っていてそっちのほうを狙っているのかもしれない。


海龍たちはあっという間に漁師船を取り囲み、輪を描いて回り始めた。

龍治と彼の弟子たちはもう一艘(いっそう)の帆掛け船からそれを固唾(かたず)を飲んで見守った。

漁師たちは緊張感で震えながらも仕事の手は休めなかった。

「頑張れ!びびるなよ!」

漁師長がみなに(げき)を飛ばす声が聞こえる。

海龍たちはうねる背中のウロコや時々息継ぎのために海面から上げる顔だけが見える。

その中でもとくに大きな海龍が頭を上げた。

ふたつの目がぎょろりと泰雅たちの乗った舟を(とら)える。

その海龍は方向転換してこちらに大蛇(だいじゃ)のような体をうねらせて泳いで来た。

すると群れの他の海龍もその最も大きな海龍について来た。

海龍たちは漁師船から海龍つかいとその弟子たちの乗った舟に標的を移したようだった。

海龍たちは比較的小さな帆掛け船の周りに移ってぐるぐる回り始めた。

「治郎丸!」

龍治は叫んだ。

「あのいちばんでかい奴によく言い聞かせてくれ!俺たちは敵じゃない——」

そのいちばん大きな海龍が頭を持ち上げた。

その両目が普段の黄色がかった色から警戒や興奮を表す紅色(くれないいろ)に変わるのを泰雅は見た。

その一番大きな海龍は海に(もぐ)ると真っ直ぐ海龍使いの舟まで泳ぎ、その横腹に当たる部位に体当たりした。

舟は折れたりしなかったものの、大きく揺れた。

泰雅以下乗員全員は揺れたときの波しぶきを浴びて水浸しとなった。

とくに船頭(せんどう)(あわ)てていた。

「もう一度あいつに体当たりを食らったら沈んじまう!」

船頭は龍治に叫んだ。

「何とかしてくれ!」

だが打つ手が無くて焦っているのは海龍つかいの親子も同じことだった。

龍治と瑠璃はほぼ同時に

「治郎丸!」

と叫んだ。

自分たちが育て、唯一意思疎通のできる海龍に場を収めて欲しかったのだろう。

しかし治郎丸はこの群れの中では新参者らしく、ただ群れの最後尾にあたるらしいところを泳ぐだけだった。

あくまでこの群れの頭は例の体当たりを仕掛けた最も大きな海龍、おそらくはオスの海龍のようだった。

ただ他の海龍たちに従ってついて行くような動きをしていた治郎丸だったが、不意に体を上に浮かべ、その頭を海面より上に持ち上げた。

困ったような目をしている——。

泰雅はそう思った。

治郎丸は海面上に持ち上げた頭を内側に曲げ、普通の黄色い両目でずっと海龍つかいの舟を見ているように思えた。

だが泰雅には、治郎丸がずっと自分を見ているように思えた。

自分に助けを求めているのだ。

泰雅は思った。

自分の言うことを聞かない群れの頭からなんとか龍治と瑠璃を守ってほしいと願っている。

泰雅は揺れる舟の上、なんとか立ち上がると、うずくまったようになっている山脇(やまわき)兄弟と(みさき)()(せい)(れい)を避けて舟の穂先の瑠璃のところまで進んだ。

「瑠璃さん!」

泰雅は叫んだ。

「僕がやってみます!あの大きな海龍をなだめてみます!」

「無理よ!」

瑠璃は海龍の起こす波しぶきにまみれながら叫び返した。

「わたしがやっても何も効果なかったのに!通じないのよ、あの海龍には!」

「とにかくやってみます!」

泰雅は瑠璃に代わって舟の穂先、龍治の隣に立った。

龍治がちらりと泰雅を見る。

泰雅は自らの両眼を紅色に光らせた。

それは本来、(じゃ)眼族(がんぞく)にとってみずからの蛇眼の発動を意味した。

だが、泰雅にとってそれは少し意味が違ってきていた。

ちょうど、海龍の頭、群れで最も大きな海龍が海面から頭を持ち上げた。

そのまま海龍つかいたちの舟の穂先に近付く。

海龍の頭と泰雅とが対峙するかたちとなった。

その海龍の両目は紅色に燃え立つままだった。

「真一危ない!」

山脇修二が泰雅の仮の名を叫んだ。

「そいつに食われるぞ!」

だが泰雅は逃げる代わりに海龍に向かって大きく両手を広げた。

「わたしの真の名は堅柳(けんりゅう)泰賀(たいが)。堅柳宗次(そうじ)の息子だ!」

泰雅は海龍に大声で叫んだ。

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