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蛇眼破り第二部~おわらせるもの~  作者: 石笛 実乃里


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第三話 第一章「処刑実習」其の二

儀礼(ぎれい)(そう)(がけ)(ふち)に近付き、男の様子を見届けようとした。

男は湖に沈んだ後、浮かび上がってこなかった。

「よし」

老年の儀礼僧は言った。

直人(なおひと)(あお)ざめた顔をしてため息をついた。

処刑の実習は初めてなのだった。

常人に蛇眼をかけるのも初めてだったがうまくいったようで、その安堵(あんど)が常人を(あわ)れむことより大きいのだった。

「では(つぎ)、」

儀礼僧は何の感慨もない事務的な調子で言った。

「そこの君、前へ出たまえ。君がそこの女を処刑する」

と言う。

指された次の男子学生がおずおずと前に出る。

「きみ、名前は?」

儀礼僧は少し苛立(いらだ)った調子で尋ねた。

「け…堅柳(けんりゅう)泰賀(たいが)です」

彼は名乗った。

儀礼僧は目を丸くした。

「…あの、堅柳宗次(そうじ)さまのご子息さまですかな?」

儀礼僧が小声で訊いてくる。

「…そうです」

堅柳泰賀も小声で答えた。

言うまでもなく彼は知っているのだ。

北方王国連合軍との本格的な戦争が始まる直前、行われた第四次北方侵攻作戦の最高司令官が彼の父親の堅柳宗次であること。

結局北方侵攻は失敗し、堅柳宗次は彼に友を処刑されたことを(うら)んだ敵の一兵士と決闘し、敗れて殺されたこと。

それが端緒(たんしょ)になったかどうかはわからないが、北方王国連合は強力な“蛇眼破りの声”を武器に反撃を開始、蛇眼族の統治する神奈ノ国を脅かしていること。

神奈ノ国も応戦し続け、もう十七年余りの年月が経っていること。

そして当時は赤ん坊に過ぎなかった堅柳泰賀も学問所に通う若者となり、いま常人の処刑に参加しようとしているのだった。

「では、お願いします」

儀礼僧は礼儀を守っていた方が無難、と判断したようだった。

泰雅に耳打ちするようにささやき声で言うとさっと身を引く。

泰雅は白装束を着て立ち尽くす常人の女性と対峙(たいじ)した。

女性はこれから起こることがわかって呆然(ぼうぜん)としている様子だった。

泰雅は自らの蛇眼を発動させた。

両眼が紅色に光る。

「私の本意ではありませんが、あなたを処刑する命令が下っています」

泰雅は女性に語りかけた。

「あなたはそこの崖から自分で湖に飛び込まなければいけません」

泰雅は続けた。

「そうしなければここにいる蛇眼族の武士のひとりがあなたを斬って湖に突き落としてしまうでしょう」

まさにもしもの場合そうすることになっている武士のひとりが険しい表情で泰雅を(にら)み付けるように見た。

もっと情け容赦なくやらなければだめだ、と言っているようであった。

そしてそれは正しいのかもしれなかった。

泰雅は紅色の両眼で女性を見つめ続けたが、女性が蛇眼にかかる兆候はみられなかった。

女性は相変わらず立ち尽くしていたが、やがて振り絞るような声を出した。

「人は…自由よ」

儀礼僧がため息をひとつついて、さきほどの武士に目くばせをした。

武士もため息をついて自らの蛇眼を燃え立たせ、腰の長刀を抜いた。

泰雅は変わらず女性を見つめていたが、それを見て思わず

「やめてください!」

と叫んだ。

処刑予定だった女性は前回より大きくはっきりした声で

「人は自由よ!」

と叫ぶと縄で両手を縛られた状態のまま、崖の縁から裸足で走り出して彼ら即席の処刑団から逃げようとした。

刀を構えた武士が蛇眼をより一層燃え立たせ、

「逃げるな!」

と怒鳴り、儀礼僧も慌てたように自分の蛇眼を発動させた。

だがその女性には通用しなかった。

女性は走り続け、霧の向こうに消えてしまった。

「蛇眼破りだ!」

武士は叫んだ。

「泰雅殿もわたしも蛇眼をかけていたのに!」


結局もうひとり残った男の処刑も実行された。

また別の男子学生が蛇眼をかける役割りを担ったが、彼はそつなくそれをこなした。

彼は自分が蛇眼をかけている間、泰雅をちらりと見たがその視線には失敗した者を見る軽蔑の感情がいくぶん含まれているように泰雅には感じられたのだった。


学問所内で噂が広まるのは早かった。

泰雅が蛇眼をかける予定だった女性は逃げたきり行方不明のままだった。

風の噂だとあれから霧の民にかくまわれたとのことだった。

重要とされたのは女性には蛇眼破りの能力はないと思われていたことだった。

そのとき処刑に立ち会った儀礼僧も武士も堅柳泰賀が女性に蛇眼をかけようとしたが無効で、逆に女性は蛇眼破りを発動させた、と証言した。

ここからひとつの憶測(おくそく)が生まれ、それはあっという間に噂となって広がった。

堅柳泰賀に蛇眼の能力は無い。

それどころか常人に蛇眼破りの能力を与えてしまうらしい。

ここに来て今は亡き堅柳宗次への潜在的な不満が息子に噴出(ふんしゅつ)した様であった。

堅柳宗次さえ無理な侵攻を仕掛けず、アテルイ王国にとどまりイカルガ王国と長期間戦っていれば戦火が南下することもなかったのに——。

妄想ではあったが、それが彼の息子をなじるような気持ちにつながるのだった。

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