第二十八話 第十章「戦いのあと、それぞれ」其の二
ともに列島世界を旅するみなさま、いつも本当にありがとうございます。
さて、蛇眼破り第二部も第十章に入って来ましたが、初稿を見直して泰雅の内弟子生活だけではなく奈央と純太郎のやりとりなども入っていることに気付きました。
だからこの章の名前も泰雅の「内弟子生活」から「それぞれの戦いの後」を想わせるものに変更することにしました。申し訳ございません。
みなさま、これからも楽しんで読んで頂ければ幸いです。
作者・石笛 実乃里より。
そこは屋敷の庭になっている。
純史郎は息子の純太郎の様子をそっと伺っていた。
突っ立っている息子の後ろ姿にそっと近づく。
純太郎は縁側越しに、部屋の畳の上にいる母親を見つめていた。
だが、いつものように駈け寄ったりしない。
そのつぶらな両目に怖ろしさを湛え、
ただ遠くから母親が立っているのを見つめているのだった。
そして母親の奈央がこちらに気が付き、そっと微笑むと
踵を返して逃げ出すように走り去ろうとした。
そして純史郎の腰の辺りにぶつかった。
純史郎はそのまま純太郎を抱きしめるように受け止めた。
ふと視線を上げる。
部屋の中で立って悲し気にこちらを見つめる奈央と目が合う。
純史郎は黙ってうなずいた。
下を見て、姿勢を低くする。
純太郎と同じ高さの目線になった。
そのまま息子の両目を見つめながら、純史郎は彼の両肩に手を置いて話しかけた。
「邪鬼姫になった母上がそんなに怖かったのか?」
「ははうえが…おにになった」
純太郎はそれだけ言って怯えた表情をする。
「そんなにこわかったのか?」
純史郎は改めて尋ね、純太郎はうなずいた。
「そうか…」
純史郎は呟くように言い、続けた。
「父上が初めて母上に出会った頃、邪鬼姫はもっと頻繁に、それこそ毎晩のように出ていたものだ。もっとも近頃は滅多に出なくなったので、もう母上の中から邪鬼姫はいなくなってしまったのではないかと思っていた。だから父上もこの間の夜は驚いたものだ」
ここまで聴いていた純太郎が
「ほんとう?」
とそのつぶらな両目を大きくした。
純史郎は息子に返した。
「ああ、本当だ。父上が出会った頃、母上の中から毎晩のように邪鬼姫が出て、母上を苦しめていた。母上の故郷の矢本の郷の村人は困り果てて母上の父上のところにまで直訴に来ていたぐらいだ」
「ほんとうなの?」
純太郎がふたたび尋ねる。
純史郎はしゃがんで息子と同じ高さの視線にしたままうなずいた。
「ああ。それも本当だ。だがそのとき、わたしの師匠のひとりでもあるイズクメさんたちがやって来て母上をイカルガ王国まで連れて行ってくれたのだ」
「…それはいいことだったの?」
純太郎は意外に難しい質問をした。
少し離れたところに立っている奈央がそれ以上詳しく話さないで、という表情を純史郎にする。
いくら息子でもまだ幼い男児に母親が関わった人死にの話はし辛いのだろう。
純史郎は奈央のほうを見ながら頷き、息子に向き直ると続けた。
「ああ。結果的にはそうなった。それはまた別の話になるが、おまえがもうちょっと大きくなったらしてやろう。長い話になるからな。ところで本題はどこまで話したかな?」
純太郎のほうがよく覚えていた。
「イズクメさんたちがははうえをイカルガ王国までつれていった…」
「おお、そうだ。おまえはもっと小さいころ、よくイズクメさんに遊んでもらったから彼女をよく覚えているだろう」
「うん」
「そのとき父上はイズクメさんの下ではたらいて行動を共にしておったのだ。おまえの母上と父上が初めて会ったのもそのときだ」
「ほんとう?」
「ああ、ほんとうだ。」
純史郎は息子に言った。
「父上がはじめて母上に会ったとき、邪鬼姫はいちばん活発だった。それこそ毎晩のように母上は邪鬼姫に変わっていた。無意識にな。だから母上自身はそのことに気付きもしなかった。わたしもそれを知ってずいぶんと驚いたものだ」
「…」
息子の純太郎は父の話をただ見つめながら聴いていた。
純史郎は続けた。
「父上は驚いたが、それ以上に母上の身の上に同情し、助けてあげたいと思ったのだ。今もそうだが、母上はその両肩に支えきれないほどの重荷を担いでいた。イズクメさまのことを悪く言うわけではないが、周りの人たちがそうさせたのだ。母上自身はなにも悪くない。父上は何もしてやれなかったと思う。ただそばにいて必要な時は母上を守るだけだ。それは今でもそうだ」
ここまで言うと純史郎は改めて息子の純太郎の目を見つめた。




