第二十七話 第十章 「戦いのあと、それぞれ」其の一
海堂瑠璃が堅柳泰雅を伴って家に現れたとき、ちょっとした騒ぎとなった。
そんなわけで瑠璃は両親に泰雅について偽りの説明をしなくてはならなかった。
瑠璃は家に戻る道すがらに田原真一と名乗る青年に出会った。
田原真一というのはもちろん、瑠璃と泰雅が考えた偽名である。
その真一が瑠璃に海龍つかいの弟子入りを志願し、瑠璃は泰雅ならぬ真一を家に連れて来たというわけだった。
よろしくお願いいたします、と慶恩の都から来た常人の設定の泰雅ならぬ真一は土間に立って頭を下げた。
瑠璃の父親の海堂龍治は険しい顔をしただけだった。
ふつうこのような志願者は断ることになっている。
海龍使いの技術は一子相伝・門外不出であるから、というのが理由であった。
しかし今回は一人娘の瑠璃の強力な推薦があった。
「ね、いいでしょう?」
瑠璃は普段から優しく接してくれる父親に頼み込んだ。
「真一さんには他の人にはない素質みたいなものを感じるの」
瑠璃は力説した。
「必要ならわたしも彼の面倒みるの手伝うから、住み込みの弟子のひとりとして置いてやって」
そんな人を拾って来た野良猫みたいに、
と拒否反応をみせたのは堅実で知られる瑠璃の母親・海堂真理だった。
が、何でも一人娘の考え方に寄せようとする父親に救われることとなった。
海堂龍治は妻と議論した。
なるほど、田原真一と名乗るこの青年はたしかに瑠璃の言う通り以前までの弟子入り志願の青年たちと雰囲気が違う。
自分が粗野で大柄なだけだからかもしれないが、どこかこの海沿いの街にはいない繊細で貴族的とも言える雰囲気を持っている。
何より普段から勘の鋭い、優秀な海龍使いに育ちつつある瑠璃が一目見てあれほど認めているんだから少なくとも短期間の間、“お試し”として住み込み見習い兼家事手伝いとしてこの広い家に置いてやってもいいんじゃないか、というわけだった。
母の海堂真理の心配しているところもまさにそこで、彼女は地元近くの商家の出身ということもあって、自分が若い独身の時代には同じような雰囲気の青年たちも見て来た。
だからこの青年が娘をたぶらかして海堂家を乗っ取ることでも計画していたらどうしようか、と警戒するのも無理はなかった。
しかし見たところ、この田原という青年にそんな邪心が無さそうなことも真理は感じ取っていた。
何よりそんなよこしまな心を持つ男は自分を少しでも良くみせようとするものだがこの田原という青年にはその気が無いらしい。
とにかく貧相な、みすぼらしい格好をしている。
だがそれよりなにより、真理が気になったのはその青年の目だった。
遠くを見晴らすような、深い両目をしている。
初めて田原という青年に会ったとき、真理自身もその目に吸い込まれそうになった。
真理は少女時代、親の仕事の都合で蛇眼族に会ったことがある。
蛇眼に睨まれると反抗できなくなるときいてただただ恐ろしかったが、出会った蛇眼族の大人はいたって普通の大人だった。
それでも真理の中から恐ろしさは抜けなかった。
でもこの田原という青年なら、単なる都会暮らしによる慣れかもしれないが、
蛇眼に睨まれてもその目で涼しげに見つめ返すだけで蛇眼の力を吸収してしまいそうな気がする。
それともこの間からこの地域を統括することになった北方王国連合のように、蛇眼への対抗手段、つまり“蛇眼破り”でも修得しているのだろうか。
もしそうなら、是非ともその修得方法を御教授願いたいものだわ。
真理は内心そう思ったが夫と娘の手前、田原青年に話しかけることができなかった。
それに人一倍蛇眼族に恐怖を持つ真理の感じたことが事実なら、そんな能力を持つ青年が今ごろ海龍使いの弟子入り志願というのもおかしな話だった。
それに娘の瑠璃の勘の鋭さは母親の自分が誰よりもよく知っているという自負があった。
真理は瑠璃の父親が海龍使いを教える弟子としての瑠璃の出来の良さを誉めるのに散々付き合わされてきた。
「とにかく海龍に対する勘がいいんだ。他の弟子よりも」
父親はよく言ったものだった。
そんな娘が強弁するのだ。
そんなわけで偶然空きがあるのと両親の興味もあって、堅柳泰賀こと田原真一はしばらく“お試し”で海龍使いの弟子兼家事手伝いとして海堂家に住み込みで務めることを許されたのだった。




