第二十五話 第九章「逃避行」其の三
鈴之緒琴音は空の真上近くまで昇った太陽の下、馬を走らせていた。
夜中に北練井城を飛び出して何日か過ごしたのは良しとしても、それからどこへ行って父の蒼馬を探すかかなり悩むことになった。
あれこれ考えた挙句、二王国連合忍者団を頼るのはどうかと思ったのであった。
琴音は幼い頃、よく忍者と“蛇眼破りの声”を持つという女性に遊んでもらった。
純史郎と矢本奈央であった。
後に二人は結婚しており、純太郎という子供も一人いて、父親の純史郎は息子と妻の護衛隊長でもあることを知った。
だからといって関係が疎遠になるということもなく、彼らの友情と言ってもいい関係は続いた。
だから琴音はまずかれらを頼ることにしたのだった。
琴音はいまどこに矢本奈央がいるか把握していた。
機密事項ではあったが北方王国連合軍の最高司令官のひとりであり、堅柳宗次を討った英雄の鈴之緒蒼馬の娘であるという立場を利用して参謀のひとりから聞き出していたのと、奈央本人と連絡を取り合っていたというのもあった。
琴音は昼過ぎには奈央が仮住まいしているであろう武家屋敷の門に到着していた。
到着してすぐ、琴音はただならぬ慌ただしい空気を察知することとなった。
門番と話し、自分の身元を証明する札を見せて中へ馬に乗ったまま入らせてもらう。
幸いなことに琴音が北練井城を勝手に飛び出したことに関してはまだここまで知らせがきていないようだった。
母親の雪音以下、皆はどうも琴音を秘密に探し出し、秘密に連れ帰りたいらしかった。
琴音はそんな体面を第一に考えるやり方に嫌悪感を覚えたが、この状況だとそれは役立った。
琴音が奈央姫がいるであろう屋敷の門を抜けるや否や、
「琴音様!」
と駆け寄って来た者がいる。
純史郎であった。
「門番から琴音様が来られていることを伝えられました」
純史郎は取り急ぎといった感じで琴音に言った。
「それで急いで飛んで来たのです」
「ありがとう」
琴音は来てくれた純史郎に礼を言いながら馬を降りた。
降りるとすぐ自分にとっての本題を問いかける。
「父上…鈴之緒蒼馬総司令官についてはどれだけ知ってるの?」
「どれだけ、と言われましても…」
純史郎はもじもじした。
「練野州人民共和国殲滅戦の総指揮をされたのは存じ上げてます。戦には勝利し、結果も当初の目的を完遂しましたが、鈴之緒蒼馬総司令官におかれましては戦のさなかに行方不明となってしまい、我々も人員を割いて捜索しているのですが…」
と答える。
琴音はそれを聴いて思った。
彼らの主目的はもちろん矢本奈央姫の警護だ。間違いない。
そんな彼らでも自分の父親の行方不明の一件は知っているのだ。
琴音自身の情報が伏せられているのとえらい違いだ。
それだけ父が北方王国連合にとって重要人物ということだが、純史郎の言い方にはわずかに批判めいたものも感じる。蒼馬といえども戦線を勝手に離脱した過ちは非難を逃れ得ないということだろうか。
「実は…」
純史郎はなおも言いにくそうに続けた。
「わたしの家族でもある奈央と純太郎が襲撃されるという事件が発生したばかりで、そちらにただでさえ少ない人員を割かなければならない事情があって…」
「なんですって ⁉」
琴音は驚いた。
おそらく、昨夜かどうかの新しい情報だろう。
琴音はずっと馬の上にいて、何も聞かなかったのだ。
「おそらく、彼女の“蛇眼破りの声”を脅威に感じる神奈ノ国・貝那留王朝が仕組んだのでしょう。一味の中には“蛇眼の忍団”の残党らしき奴もいましたから」
「それで奈央さんと純太郎くんは?無事なの?」
「はい。襲撃団の奴らは彼らに指一本触れられませんでした」
琴音は内心胸を撫で下ろした。
純史郎は家族を守ったのだ。
純史郎は続けた。
「襲撃団の奴らのうち、ひとりは討ち取ったのですが、残りは生け捕りにもできず逃がしてしまいました。蛇眼の忍団とはちがう、素人みたいな奴もいたのですが、こっちも人数に難があるうえに妙に逃げ足だけは早い奴で…」
純史郎はそこで言葉を終えた。
またいつものように人数不足の文句を言いたくなさそうであった。
「どちらにしてもよくやったわよ」
琴音は純史郎を労うように言った。
「奥さんと息子さんを守ったんだから」
「ありがとうございます」
純史郎は礼を述べながらもその表情を曇らせた。
「ただ、純太郎が…」
「純太郎くんが?どうしたの?」
琴音が訊く。
「襲撃団と闘いになったとき、自分も意外だったのですが奈央が予想以上に邪鬼姫になったのです」
「じゃくひめ⁈」
琴音は邪鬼姫を知らない。
世代が違うのだった。
「奈央が不安定なときに出ていた奈央のもう一つの人格です」
純史郎は簡潔に説明した。
「ちょっと命知らずなところもあって、考えようによっては頼りになる一面もあるのですが…なにせ奈央にはない残酷さがあるのです」
奈央さんには足りない残虐性かもね、彼女の現在の状況を考えれば、
琴音は奈央の優しく、屈託のない笑顔を想い出しながら思った。
「邪鬼姫を見た純太郎が怖がってしまって…部下に頼んで逃げ出した彼を探し出して保護したのですが…それから彼は母親に懐いて飛びつくようなことをしなくなってしまいました。それどころか避けて逃げようとするのです。まったく以前はあんなに甘えっ子だったのに、まるで逆になってしまいました」
純史郎はほとほと困り果てた顔で言った。
「そんなわけで、子供にも手がかかってしまって、なかなか父上様…蒼馬さまの捜索に人員が割けません。大変申し訳ございません」
琴音は正直呆れて聴いていた。警護隊長の言葉を聴いているのか、ひとりのくたびれた父親の愚痴を聴いているのかわからなくなってきた。
「それで襲撃団は逃げてどこに行ったの?」
琴音は訊いた。
「いま追っています」
純史郎は答えた。
「どうもばらばらになってあらかじめ申し合わせた場所で落ち合う決まりになっているようです。迷ったのか、まるででたらめな場所へ行ってしまった者もいるようですが」




