第二十三話 第九章「逃避行」其の一
ともに列島世界を旅するみなさま、
いつも本当にありがとうございます。
今回掲載分は以前順序を間違えて投稿してしまった分を、
再投稿ということになります。
その節は本当に申し訳ございませんでした。
みなさま改めてお楽しみ頂ければ幸いです。
それではこれからもよろしくお願いいたします。
作者・石笛 実乃里より。
ここは海が見える場所だった。
それに加え、一年中海から風が吹いていた。
海堂 瑠璃は丘の上に座り、ただ海を眺め、海風を頬に浴びていた。
そこは中津大島でもかなり北東の位置、地図上はいつも上のほうに記されている。
海を臨んでおり、近海での漁業を主に生業としている。
しかし海沿いの街はどこでもこの時代は苦境に面していた。
漁業や運輸で外海に出ようとしても、強力な障害があったのだった。
海にある、“霧の領域”である。
海にある霧の領域には、必ずと言っていいほどある怪獣が出た。
海龍である。
真叡教成練派において神獣とされている“龍鳥”もいたが、海龍もまた、神獣であった。
ただ、その性質は龍鳥とだいぶ異なる。
海龍は人間にとても厳しかった。
いわば、荒ぶる神であった。
人が常人、蛇眼族の区別なく船で外海に出ようとすれば、海龍は船をすべて海の藻屑とし、乗っている人間は帰らぬ人となった。
列島世界は結果として外に出られず、鎖国することとなった。
神奈ノ(の)国の人間も北方王国連合の人間にも外海のまた向こうは未知の世界であった。
そして、海龍の支配が続くにつれ、人間にも海龍を制御しようとする動きが出て来た。
それが「海龍使い」の誕生であった。
そしてそれはある程度成功したと言えた。
かれら“海龍使い”の一族は常人の一族ではあったが、一部の海龍を手なずけるのに成功し、神奈ノ国の人々は中津大島から南之大島までは渡れるようになった。
また、北方の人々も同じようにして海の向こうの北之大島までは到達したはずであった。
ところがその後、問題が生じる。
海龍使い自体の数が減ってきたのだ。
もちろん貝那留王朝の王府も指をくわえて眺めているだけではなく、あらゆる手を尽くした。
蛇眼の忍団を北方の海龍使いの海村に派遣し、できることなら海龍使いのいく人かを誘拐してくる計画まで立てさえした。
しかし、その計画は二王国連合忍者団に阻まれ、神奈ノ国の良質な海龍使いは減り続けた。
そしていま中津大島と南之大島は不定期にしか船で行き来できないし、たまに出た船も海龍をなだめるのに失敗し、木っ端微塵に破壊されたりした。
そして南之大島にも人が住んでいるのにも関わらず、中津大島と南洋にある南之大島との交流はそんな理由でまったく不安定になっている。
海堂瑠璃は神奈ノ国の漁村、魚御神の海龍使いの一族でひとり娘として生まれた。
ひとり娘としてはとても大切に、“海龍使い”としてはとても厳しく育てられた。
彼女が残されたただひとりの“海龍使い”となる可能性は高かった。
それは幼い彼女をなんだかわくわくさせたが、同時にひどい重圧も感じさせた。
そして気が付けば、子供時代は過ぎて瑠璃はひとりの若い女性となっていた。
彼女は美しかったから言い寄る男も多かったが彼女はそんな通俗的な色恋事には不思議と興味は抱かなかった。
彼女は何かこう、もっと神秘的なものを求めていた。
だから丘の上で布に包まれるようにして草の上に転がっている少年のような男を見たとき、運命的なものを感じたのだった。
もちろんそれを見つけたとき、彼女はまず驚いた。
そしてその男が両目を開けて目を覚ましたとき、瑠璃はもっと驚いたのだった。
「ううーん…」
男はうなるような声を挙げて両拳を握り、頭上に伸ばした。
そして視界の隅に瑠璃を捉えた途端、彼は飛び起きた。
身構えて瑠璃を見つめる。
瑠璃は余りに緊迫した空気に話しかけるのをためらった。
代わりに着物の懐に手を伸ばす。
若い男は瑠璃のそれだけの動作に身をこわばらせた。
「あの…」
瑠璃は懐から取り出した物を若い男に見せた。
それは彼女が外に出るとき、必ず懐に入れておくものだった。
木の栓をした竹筒だった。
「水…飲みます?」
若い男はおそるおそる片手を伸ばした。
栓を自分で抜き、流れて来るものにその乾いた唇で触れる。
そしてそれが普通の水だとわかると、本当においしそうにそれをごくごくと飲み始めた。
それは竹筒の中の水を飲み干すまで続いた。
水を飲み干すと男は竹筒を紅い紐を付けた栓がぶら下がった状態のまま手渡して返した。
「どうもありがとうございます」
丁寧に礼の言葉を述べる。
瑠璃はその言葉になにかこの見た目のみすぼらしい男の育ちの良さというか、なにか貴族的なものを感じ取っていた。




