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蛇眼破り第二部~おわらせるもの~  作者: 石笛 実乃里


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第十六話 第七章「さまよう蒼馬」

(きた)街道(かいどう)に沿ったその街の名は美鈴(みれい)という。

ただそれだけで、普通は名もなき街と思われても仕方ない宿場町(しゅくばまち)であった。

とくに北方王国連合と神奈ノ国との間に戦争が起こってからは他の宿場町と同様、その(さび)れ方は(はなは)だしかった。

町が(にぎ)わうのはどちらかの軍が進軍の途中で軍の上層部たちが宿をとるときだけで、それ以外のときには以前はよく見かけた行商人も(まれ)にしか見かけなくなっている。

ただこの町にはひとつだけその名を全国の人が口にするものがある。

全国の人、といってもある状況下に置かれた人だけだった。

その状況というのは治療困難な心身の(やまい)のことだった。

解決に困るような疾患にかかった人々が頼り集まるところはいくつかあったが、ここにもそういう場所があった。

神奈ノ国全域にその名が噂として知られるような療術師(りょうじゅつし)がいるのであった。

ここ美鈴に質素な居を構え、国中にその名が知られているのは(うめ)(よし)と呼ばれる老女だった。

梅芳がしているのは、霊聴(れいちょう)と呼ばれるものだった。

病人はまず梅芳のいるところまで出向き、その前に座る。

梅芳はまず病人をじっと見て、やがて両眼を閉じる。

老女はすぐに恍惚状態となり、天を向いて、もしくはうつむいてなにか口走る。

すると横にいる、助手にあたる若い女がそれを記録する。

依頼主である病人か本人の家族はその記録か、梅芳の直接の言葉に従うというわけだった。

梅芳の言葉はときに薬の調合方法だったり、どこにその疾患を良くしてくれる治療家がいるか教えるものだった。

いずれにしても的確な指示が多いと評判になり、いつしか近隣の村じゅうからもっぱら慢性病の患者が集まるようになったのだった。

梅芳が報酬をほとんど受け取ろうとしないのもその神がかった評判に輪をかけていた。

その日も梅芳の(かや)()きの家の簡素な木戸の前に2,3人の人が並んでいた。

最後尾に立つ男以外はいかにも農夫の男たちだった。

最後尾に立つ男はひとりで、大きなぼろ布を頭からまとってその顔を隠している。

時間が経ち、西日となった。

ぼろ布の男の前にいた農夫が、恍惚状態となった梅芳から不整脈かなにかの薬の調合法を授けられていた。

「ここから東へ行ったところに小さな川がある」

梅芳は板間の上で座布団に座り、両眼を閉じたまま皺くちゃな顔で天を向いて告げた。

農夫の男は逆に両目をいっぱいに見開き、一心不乱な様子で梅芳の言葉を逃がすまいとしている。

「その川には黒いイモリが多く生息している」

梅芳は告げた。

「イモリ…ですか?」

農夫の男は目を丸くした。

「そうだ」

梅芳は答えた。

「お前はそれを三匹つかまえ、生きたままそれを()でる」

「そんなかわいそうな…」

「だまらっしゃい!」

梅芳はぴしゃりと言った。

「おまえはそれらを乾かして粉にし、水に混ぜて飲み干すのじゃ。そうすればいまの胸のざわめきはおさまるであろう。とにかく早く川へ行き、イモリを捕まえるのじゃ。では次の者!」

農夫の男は困った顔をして狭い部屋を出て行った。

出て行くときにぼろ布をまとった男とすれ違う。

今度はぼろ布の男が梅芳の前に立った。

横に座る若い女が怪訝そうに彼を見る。

ぼろ布の男は口を開いた。

「近くであなたの噂をきいてやって来ました。次にどうすれば良いか教えてくださるとか。それを聞きに来たのです」

「うむ」

梅芳はうなるように言い、男をじろじろと見ていたが、やがて両眼を閉じた。

そしてすぐに坐ったまま、体を細かく震わせ始めた。

「わたしには見える」

梅芳は目を閉じたまま、変わらずうなるように言った。

「わたしには見える。ふたりの男だ。おまえと、おまえが殺した男だ。彼は北を支配しようとしておまえに倒された。友の(かたき)として」

ここで若い女ははっとして目の前の男を見た。

やっと気が付いたのだった。

目の前に立つ男こそ、北部の英雄にして第四次北方遠征軍最高司令官・(けん)(りゅう)宗次(そうじ)を倒した男、鈴之(すずの)()(そう)()であることを。

彼は(ねり)野州(やす)人民共和国との戦いにも勝利したが、その最中に行方不明になったとの噂であった。

その彼がいま、目の前にひとり立っている。

だが梅芳はふたりの男が見えると言っている。

おそらくもうひとりの男とは、梅芳の言葉によると堅柳宗次だ。

「おまえが倒した男は、」

梅芳は語り続けた。

「おまえが彼を倒したとき、自らの魂の一部をおまえの心に注入したのじゃ。彼はおまえの一部となり、おまえはそのことでずっと苦しめられておる」

(おっしゃ)る通りです」

ぼろ布をまとった鈴之緒蒼馬は言った。

「私が知りたいのは、どうしたらこの苦しみから解放されるかです。それをわたしに教えることはできますか?」

梅芳はずっと恍惚状態になっていたが、蒼馬のその言葉をきいてぶるっと身を震わせ、恍惚の状態を一段深めたように見えた。

そして老婆は何か口走った。

「…なんですか?」

蒼馬は耳をそば立てる仕草をしながら聞き返した。

「…霧の領域じゃ!」

梅芳は突然はっきり聞き取れる声で言った。

「霧の領域、ですか?」

蒼馬は聞き返した。

「そうじゃ」

梅芳は言った。

「ここから死者の魂のための霧の領域に行くには人の足で一週間はかかる。それでもそこへいけば、おまえ自身の魂と死者の魂とは分離され、やがては別れるであろう」

「本当に?」

「本当じゃ。だからその霧の領域は死者の魂のための領域と呼ばれ、普通の人間は寄り付かない。だがおまえはそのなかに入って行かなければならないじゃろう」

「…わかりました」

蒼馬は覚悟したように答えた。

「そこへ行ってみます。ありがとうございました」

そして蒼馬は踵を返し、その簡素な民家を出た。

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