第十三話 第五章「北練井城にて」其の二
ともに列島世界を旅してくださるみなさま、いつも本当にありがとうございます。
2025年は本当にありがとうございました。みなさまにとって来たる2026年が良い年でありますよう願っております。では楽しんで当作品をお読みいただければ幸いです。作者・石笛実乃里より。
「お父さまはたしかにずっと戦ってきたわ」
琴音と呼ばれた少女はずんずんと会議室の前の雪音と賀屋禄郎の座っている付近まで歩いてくると振り返った。
「こんな会議の間でふんぞり返っている時間なんて、お父さまにはまったくなかったわ!」
琴音はまくし立て、周りの者はただ身を縮めるようにして黙って聞くだけだった。
「そうですな。わしも彼とはよくともに戦った」
話し始めた年配者がいる。
白瑞源一郎であった。
彼は北部諸侯のなかで最大と言ってもいい武家を率いており、鈴之緒一刹が生きている間、彼の盟友であり親友であった。一刹の最期のとき、そこに居合わせ、関わった唯一の北部諸侯でもある。
「彼を含む北方王国連合軍による北練井奪還が成されて、わたしも潜伏先の森から還ることができた。それまではそこにいる賀屋禄郎殿とともに霧の民の助けを得たりしたものだった」
源一郎はちらりと賀屋禄郎を見やり、禄郎は懐かしそうな顔をしながら深くうなずいた。
「蒼馬殿が雪音さまと結婚される際、蒼馬殿のほうが鈴之緒家を継がれると聞いて驚いたものだ」
源一郎は話し続けた。
「わたしが思うに蒼馬殿には一刹殿の家系を絶やしたくないという強い思いがあったに違いない」
源一郎は続けた。
「いや、家系だけではない、一刹殿の想いを絶やしたくないとのお考えあっての御決断だと思うのだ
」
みなは源一郎の弁舌に聞き入っていた。
雪音もうなだれるようにして聞いているように見えた。
「それだけに此度の戦において練野州人民共和国と、つまり常人同士が戦うことに関して内心忸怩たるものがあったに違いない。それが今回一気に噴き出してしまったのだ。これは共和国との戦いを蒼馬殿に都合良く丸投げしてきた我々にも責任の一端がある」
これには琴音を含むその場のみながうなずかざるを得なかった。
「だからわたしは蒼馬殿を探索し、彼の安全を保護したら彼をここ北練井まで護送させたいと思う。彼が十分な休養を取り、必要であれば精神的な治療を受けられるようにだ。いいかな?」
みなはまたうなずき、会議はとりあえず終了となった。
夕食の時間となり、雪音と琴音は向き合って膳の上の食事を頂いていた。
琴音は廊下から会議を盗み聴きし、挙句の果てに会議に乱入した件に関してすでに母親の雪音と世話役の賀屋禄郎に謝罪していた。
賀屋禄郎はどうとしても、雪音は琴音がいくら謝っても不機嫌なままで、夕食の時間にも気まずい空気が流れることとなった。
そんなわけでふたりはお互い黙ったまま箸を運び続けた。
最後に汁物をすすりながら、ふと琴音は母親に語りかけた。
「ねえ、お母さん?」
「なんですか」
相変わらず不機嫌なまま、雪音も汁物の椀に口をつけながら他人行儀な返答をした。
「母さんも父さんを探しに行くの?」
「いいえ。母さんは仕事で忙しいの」
雪音は相変わらずぶっきらぼうな調子で答えた。
琴音は言った。
「いいの?父さんは母さんを待ってる気がするんだけど」
雪音はどきりとしたように固まり、食事を止めた。
琴音は続けた。
「母さんは父さんと結婚して理想の生活が送れてるの?」
「送れてるわけないでしょう!」
さすがに雪音は叫ぶように言った。
そしてすぐに落ち着くと、自分の娘に語り始めた。
「父さんと母さんが結婚した頃、北方王国連合と神奈ノ国・貝那留王朝との戦争はもっと早く終わると思われていたの。もちろん、わたしたちの勝利でね」
「常人の集団が蛇眼族を相手にするのに?」
琴音はきき返した。
「見通しが甘かったんじゃない?」
「自分にちょっとばかり蛇眼の遺伝があるからといってそんな言い方はやめなさい」
雪音は琴音にぴしゃりと言った。
だが雪音の言うことは事実であった。
琴音には母親のような、蛇眼族すら操れる龍眼は無かったが一般的な蛇眼の才能はあるのだった。
父親が常人の蒼馬であることを考えると異例なことであるとも言えた。
「わたしたちには圧倒的な“蛇眼破り”という武器があったの」
雪音は続けた。
「矢本奈央姫のような“蛇眼破りの声”と父さんのような“蛇眼破りの心術”。これがどんなに戦を変え得るか、あなたも知ってるでしょう、琴音?」
琴音は肯かざるを得なかった。
自分の蛇眼に自信を持ち始めた頃、琴音はよく訓練に駆り出された。そしてこの二人の“蛇眼破り”の前に幾度も無力感を味わされた。
だから彼らが軍の作戦や教育、育成に全面協力すれば、常人の軍でも蛇眼族の指揮する軍に勝てる、と言われれば否定はできないのであった。
「でもそんなに単純な話でもなかったの」
雪音の娘への説明は続いた。
「戦の状況は予想以上に混迷した」
「うん…」
「それに加えて一部の反目した真叡教成錬派の僧たちが裏で糸をひいたと言われる練野州人民共和国の存在があったの。彼らと三つ巴の交戦状態になってしまったせいで開戦から十数年以上経ったいまでもわたしたちは慶恩の都を陥落させるに至ってないの。この間お父さまが頑張ってくれた戦で練野州人民共和国が事実上滅亡し、わたしたちもやっと突破口を見出したのよ」
「だからこそ、よ」
琴音は力説した。
「お父さんはずっと戦ってきた。わたしが生まれてからもずっとよ。普通の人間なら耐えられないような環境よ」
「それはそうね」
その点は雪音も同意した。
琴音は続けた。
「それでもお父さんが耐えられたのは蛇眼族と常人とが平等な世の中をつくる、という大義があったからよ」
「ええ」
「そこに常人の作った国である練野州人民共和国が戦いを挑んできた。お父さんは疑問を抱きながらも戦い、彼らを滅ぼさざるを得なかった。そうでしょう?」
「そうね」
「いまお父さんはすごく苦しんでると思うの。それで私たちとゆっくり話し合うことを望んでる。普通の家族が話し合うようなことをね。そんなこと、うちでは戦争で滅多に無かったから」
「そうね」
言いながら雪音は胸が苦しくなった。
自分は何のために大きな覚悟をして蒼馬と結婚し、琴音を生んだのだろう?
「わたしはそう感じるの。お父さんの気持ちを感じるの。ねえ、わたしもお父さんを探しにいっていい?」
「なにを言ってるの!」
雪音は即座に言葉を返した。
「いまは戦時下よ!この状況下で女性ひとりで外をうろうろ歩き回ることがどれだけ危険かわかるでしょう?」
「だからこそ、よ!」
琴音もむきになって言い返した。
「お父さんはそんな状況でひとりはぐれてさまよって、心からわたしたちを求めてるの!どうして行ってあげたいと思わないの?」
「思っているわよ!」
雪音も言い返した。
「わたしも今の仕事さえ無かったら——」
自分で言ってから雪音はどきりとした。
結婚してから雪音は新しく生活を創り上げようとした。
しかし意外なことに蒼馬はそれほど乗り気ではなかった。
もしかしたら赤間康太と加衣奈という親友夫妻が幸せになる前に亡くなり、蛇眼族との戦争も終わらない現実のなか、自分だけ幸せになることに対して一種の引け目を感じていたのかもしれない。
蒼馬はいつしか戦争に深く関わるようになった。
戦争を他人まかせにしていない、と実感したかったのかもしれない。
これももしかしたらだが、時折頭の中で響く堅柳宗次の声を忘れるためかもしれないし、
逆に頭の中の堅柳宗次がそう仕向けたのかもしれなかった。
どちらにせよ蒼馬にとって戦争は仕事となり、蒼馬は
「仕事がいそがしい」
と、雪音との語らいを避けるようになった。
雪音はそんな蒼馬をもどかしく感じていた。
そして今、自分が蒼馬のしていた仕事をするようになり、
仕事があるせいで、と蒼馬と同じように言い訳の材料にしている。
雪音は思わず箸を置いて黙り込んでしまった。
一方琴音は汁物を飲み干し、夕食を食べ終わると、
「ごちそうさま」
と言って箸を膳に置き、立ち上がった。




