第十二話 第五章「北練井城にて」其の一
鈴之緒家が奪還された北練井城に帰還してから久しい。
もう十数年以上の年月が経っている。
鈴之緒雪音はそんな北練井城の天守閣で開かれた会議の直前に鈴之緒蒼馬行方不明の報を聞いたのだった。
現地からの家来の報がもたらされた瞬間、天守閣に微妙な空気が流れた。
いくら将軍の位を持ち、作戦の最高司令官でも敵前逃亡の責任に問われるのではないだろうか。
そんな空気を察知し、鈴之緒雪音は周りの北部諸侯の代表たちに語りかけた。
「草原蒼馬がわたしの夫となり、鈴之緒家の名前を継ぐと決めて十七年の年月が経ちました」
雪音は続けた。
「夫は当時から“蛇眼破りの心術”を修得した常人として、あの堅柳宗次を倒した常人として伝説的な名声を勝ち得ていました」
周りの男たちはみな深くうなずいた。
「同時に夫は堅柳宗次が亡くなる直前にかけた“憑依の蛇眼”に苦しめられることになりました。頭の中に堅柳宗次の一部が住み着いてしゃべりかけるのです」
「それはそれは、地獄のようでしたよ」
鈴之緒雪音の横に座っていた老人がしみじみと言った。
賀屋禄郎であった。
「それでも、」
雪音は続けた。
「夫は皆と共に前線に立ち続けました。血を流すような戦いを他の者に任せるわけにはいかない、と周りが止めても戦い続けたのです。娘が生まれても…」
雪音は思わず涙ぐんだ。
北部諸侯のひとりが口を開いた。
「鈴之緒蒼馬殿はいままで休むことなく戦ってきました。某もともに戦ったことがありますゆえ、よく存じ上げております」
周りの者も再度うなずいた。
「蒼馬殿は某とともに戦っている間、御自身の内なる苦しみに関して一言も語られようとはしませなんだ。今から思えば軽々しく語れぬほどその苦しみは深かったと思われます」
みなは静まり返った。
「今回蒼馬殿のしたことは本来ならば敵前逃亡。しかしながら彼は本来北の王なのです。彼は最高司令官であり、今までに築き上げた伝説的な名声もあります。思うにいま彼は疲れ切っているのです。彼の罪を問う前に、まず彼の居場所を探し出し、彼の安否を確認すべきです。そしてできれば彼の安全を確保すべきなのです。違いますか?」
「そうよ!」
みながうなずく前に後ろから少女の声が上がり、皆は振り返った。
雪音と賀屋禄郎は彼女に気付き、しまったという表情をする。
彼女はずっと会議の間の外で盗み聞きしていたのだった。
「琴音!」
「琴姫さま!」
雪音と賀屋禄郎が小声でしかりつけるような声を出したがもう遅かった。




