第十話 第四章「霧の領域へ」其の二
川の中州にあたる場所に座っていたのは、一匹の猿だった。
いや、猿というより狒狒というべきだろうか。
黒い、面長な顔に虹を思わせる七色の縞が頬に当たる場所に横に走っている。
中州の砂地に座り込んだ尻から尻尾がぴんと立っているように伸びている。
「あ、あなたは誰です?」
泰雅は驚きにうわずった声で尋ねた。
「わたしか?わたしの名は猿田彦」
猿は答えた。
「代々龍鳥さまのお言葉を代弁する役目を仰せつかっておる」
「龍鳥さま?龍鳥がいるの?」
「これ、失礼を言うな。いま来られるところである」
猿田彦の言う通り、龍鳥が飛来した。
上空の霧の空に羽ばたく巨大な影が映る。
龍鳥は霧の空を横切ると猿田彦のいるより遠く、ずっと大きな川の中州に着地した。
巨大な影は現実の龍鳥になった。
黄金色の鱗に全身を包まれている。
背中には同じく黄金色の翼がゆらめき、力強く羽ばたけば民家の一軒ぐらいは簡単に吹き飛ばせそうだった。
巨大な大木のような胴体から鉤爪を持つ腕が人間と同じように二本伸びている。
龍鳥はその片方を泰雅に向かって伸ばした。
鋭い鉤爪を持つ指で泰雅を指すようにして、鋭く一声鳴いた。
「どうしたのだ、堅柳泰賀よ、と龍鳥さまは仰っておられる」
猿田彦は言った。
「なにを悩んでいるのだ?と仰っておられるのだ」
「あの…佐之雄勘治さんの言ったことは本当なのですか?」
泰雅は尋ねた。
「僕は北方の伝説にある“おわらせるもの”なんですか?」
「うむ。厳密には北方王国の真叡教伝統派と神奈ノ国北部の成練派に伝わる伝説だな」
猿田彦は答え、龍鳥は甲高い声でまた一声鳴くと、泰雅を指差すようにしてその巨大な口を開けた。
伝説にあるように火を吹くのではないかと泰雅は肝を冷やしたが、そうではなく龍鳥はなにかを訴えたいようであった。
「その通りだ、お前は正しいと龍鳥さまは仰っておられる」
猿田彦は言った。
「いかにもおまえは“おわらせるもの”だ」




