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蛇眼破り第二部~おわらせるもの~  作者: 石笛 実乃里


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第一話 序章「列島世界の激震」

ともに列島世界を旅していただいているみなさま、いつも本当にありがとうございます。

実質第1部となる“蛇眼破り”を書き終えた後、その第1部の書き直しのほうに時間を費やすべきかどうか迷ったのですが、まだ回収していない伏線もあるし、草原蒼馬や堅柳家の物語を完結させるほうが先かな…と思ったのです。

ともあれ、みなさまお読みいただければ幸いです。

これからもよろしくお願いします。

作者・石笛 実乃里より。

第四次侵攻軍の敗北・最高司令官である(けん)(りゅう)宗次(そうじ)戦死の報は(けい)(おん)の都を駆け巡った。

神奈(かな)ノ(の)(くに)の国民は少なからず動揺した。

(じゃ)眼族(がんぞく)にとってみれば未知の脅威である北の大橋の彼方、北方王国を勇猛(ゆうもう)果敢(かかん)で知られる武将・堅柳宗次がようやく平定(へいてい)してくれるとの思いがあった。

一部の蛇眼族だが、堅柳宗次が歴史的に黄昏(たそがれ)の時期に入ったと密かに言われる蛇眼族に復活ののろしを上げてくれると期待すらしていた。

それが無惨(むざん)に打ち砕かれることとなってしまった。

蛇眼を持たぬ一般人の常人にとってみれば北方の常人による王国は希望ではあるもののまったく未知のものであった。

それが突然敵国として北部を中心に出現したわけである。

常人の民衆の反応としては歓喜より先に戸惑いが来るのであった。

もちろん、常人の一部には歓喜したり北方王国の勢力圏にまで出向いて蛇眼族と戦うことを志願する者がいないわけではなかった。

神奈ノ国を統治する蛇眼族の王国・貝那留(かいなる)王朝はそんな常人の動きを許さなかった。

常人による一揆(いっき)の数は増えたが、年老いた総麗(そうれい)(おう)を頂く貝那留王朝はさらに弾圧を強めた。


一方で王府はひとつの懸念を抱えていた。

蛇眼族がやがてその力を失い、自然と衰えていくのではないかという懸念であった。

このため王府はひとつの残酷な制度を産み出した。

王府による、謀反を企てた常人たちの処刑はその件数を増やしていたが、王府はまだ学問所に通っているような少年たちまで常人の処刑に駆り出した。

処刑の場で少年たちに蛇眼を使わせ、その練習の場とし、同時にとくに蛇眼の能力に秀でた、将来重要な戦力になりそうな者を選別する場ともしていたのであった。

これらのことは一部の反対を無視して、蛇眼族による統治を肯定する真叡(しんえい)(きょう)(さい)恩派(おんは)の協力によって進められたのであった。


北方軍による北練井の陥落から十七年の歳月が過ぎようとしていた。

とはいえ、北方軍は慶恩の都を攻めあぐめ、蛇眼族の王国である貝那留王朝は存続していた。

北方軍にとって不利だったのは戦争の途中で北部にあらたな独裁国家・(ねり)野州(やす)人民共和国を誕生させてしまったことだった。

もとは一介の狩人だった男・(ねり)安平(やすべい)(おこ)した事実上の独裁国家は蛇眼族による支配体制の弱体化に伴って誕生した。

練安平の背後には蛇眼破りの声を身に付けたとされる複数の真叡教成(せい)錬派(れんは)の僧がいたとされる。

彼らの国家は常人の国家として蛇眼族と戦うことを宣言したのだった。

それだけなら北方王国と共闘する道もあったかもしれない。

実際当初はみなそうするものと暗黙の了解をしていた節がある。

ところが年月が経つにつれ練国王は自身の独裁体制を優先するあまり北方王国との関係が悪化させてしまった。加えて練安王国内での経済状況の悪化があった。

練安国は北方軍にとって極めて重要な慶恩の都への通路・北街道の一部を領地化していた。

練安王国はそこを北方軍が通過するとき、莫大な通行料を要求し、それを無視して通過しようとした北方軍と交戦状態となり、戦争が勃発してしまった。

かくして北練井の陥落より十五年ほど経って戦争は三つ巴となり、北方王国の軍は南下が難しい状況が続いた。

とはいえ、新興国家の練安王国は弱体であった。

北方軍の攻撃により王都・練安(ねりやす)陥落(かんらく)の危機に(ひん)していた。

一方、悪習といわれながらも神奈ノ国の学問所生徒の常人処刑への参加の義務化も続いていた。

そのなかには成人前の若者となった故・堅柳宗次のひとり息子・堅柳泰賀(たいが)の姿もあった…。

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