第5話 鯉の王、ナマズを討つ
巨大な影が、水面を切り裂いた。
池の底が震え、泥が舞い上がる。
悠はその中心で、ただ流されるままに泡を吐く。
(おいおい……俺、戦うつもりなんてなかったんだけど!?)
《統率命令:解除不能》
《全兵、忠誠100%》
(忠誠心いらねぇ! 逃げろって言ってんのに!)
だが、鯉たちは恐れなかった。
紅白の体が一斉に閃き、水中を矢のように突き進む。
【我らが王に栄光を!】
【鯉の誇りを見せよ!】
(やめろお前らぁぁぁ!)
先頭の黒鯉がナマズの腹に突撃。
しかし、その皮膚は分厚く、弾かれて泥の中へ吹き飛んだ。
《同胞の死亡を確認》
《士気低下を検知。代わりに“狂信”が発動しました》
(狂信!? なにそれ! 待って、落ち着いて!?)
狂気に染まった鯉たちは、まるで戦士のように暴れ始めた。
体当たり、尾びれ打撃、連続跳躍――池がまるで沸騰しているかのようだった。
ナマズはその群れを振り払いながら、大口を開く。
ひと呑みに十匹以上が消えた。
(あぁぁあっ! やばいやばいやばい!)
《スキル《キング》が強制進化条件を満たしました》
《新スキル《王命》が解放されます》
(え? 今!?)
悠の身体が、黄金の光を放つ。
水中で、王冠のような紋章が浮かび上がった。
《王命:全兵、突撃せよ》
水が一瞬、逆流した。
鯉たちが光の尾を引きながら、一斉にナマズへ突っ込む。
巨大な渦が生まれ、ナマズの動きが鈍る。
その瞬間、悠の体が勝手に動いた。
(うおおおおおお!?)
金色の光をまといながら、
悠の鯉の体が水中を切り裂く。
《スキル《鯉一閃》発動》
黄金の尾びれが、ナマズの片目を貫いた。
水面が爆ぜ、衝撃波が池を包み込む。
ナマズがのたうち回り、泥の底に沈んでいく。
水が静まる。泡が一つ、二つ、上っていく。
静寂。
《敵対存在:古代ナマズ 討伐完了》
《レベルアップ!》
《レベルが1→12になりました》
《称号:池の覇者 を獲得》
(ま、まじで勝った……? え、俺やったの?)
周囲の鯉たちが群がり、泡をぶくぶくと上げながら頭を下げた。
【鯉王バンザイ!】
【水の覇者に栄光を!】
(いや……バンザイじゃねぇよ! 怖かったんだぞ!?)
だが、池の生態系はその日を境に変わった。
ナマズの支配が終わり、
新たな支配者――“鯉王”の時代が始まったのだ。
悠は泡を吐きながら、水面を見上げる。
差し込む光の向こうに、ぼんやりと呟いた。
(……俺、いつになったら“楽して偉く”なれるんだろうな)
その瞬間、水面に何かが落ちた。
パンッ。
人間の手から投げ込まれた、白い餌の塊。
悠の視界いっぱいに広がる。
(……あ、餌タイム……これ、楽じゃね?)
《新スキル《食料支配》を獲得しました》
こうして、鯉王は本当に“楽して偉くなる”第一歩を踏み出した。




