第56話 神の矢、王を貫く
勝利から幾年。
砂の王国は再び静寂を取り戻していた。
毒の霧は薄れ、緑がわずかに芽吹く。
だがその平穏を裂く報せが届いた。
「王よ!人間が、再び来ます!」
報告を持ってきたのは元盗賊の女首領だった。
彼女の背後では、逃げ惑う民と荷車が砂煙を上げている。
(数は?)念話を送る。
「数千……いや、もっと。先頭には、白銀の鎧を纏った“勇者”がいます」
悠は深く息を吐いた。
(……やっぱり来たか)
勇者。神に選ばれた存在。“討伐の正義”そのもの。
王国を守る選択肢は、ひとつしかなかった。
(全員、砂漠の奥へ逃げろ。戦えば国が消える)
サハラトの民は涙を堪えながら頷いた。
悠は最後に王都の塔を見上げ、静かに呟く。
(王国は一度捨てる。……次は守れるようになりたいな)
砂の奥へ昼夜を問わず歩いた。灼熱の砂。乾いた風。
追撃する勇者軍の旗が、陽炎の向こうに揺れている。
勇者の軍は聖なる魔法で砂を固め、水を創り出す。
彼らは疲れ知らずの行軍だった。
(さすが神の加護持ち……だが、砂漠を甘く見るな)
悠は砂上に爪を立て、低く念じる。
《スキル:砂の支配》発動
地形が微かに歪む。
乾いた地面が突然崩れ、砂嵐が巻き上がる。
隊列が乱れ、馬が砂に足を取られる。
数日が経つ頃には、勇者軍の顔色も変わっていた。
井戸は枯れ、水筒は空。
砂漠の夜は寒く、昼は焼けるように熱い。
丘の上で悠は低く笑った。
(……ざまあみろ。神の使いでも、水なしじゃ人間だろ)
だがその笑みは、ほんの一瞬で凍りついた。
空気が震えた。
音のない閃光が天から降る。
無数の光の矢がまるで天蓋が裂けたようだった。
(……は?)
矢は空から、雨のように降り注ぐ。
砂の海に突き刺さり、爆ぜるたびに白光が広がる。
サハラトの民は叫び、砂ごと吹き飛ばされた。
悠も逃げながら空を仰ぐ。
そこには、輝く“天の門”が開いていた。
(神の……直接攻撃……!?)
矢が尾を貫き、外殻が割れる。
毒の血が砂に散り、体が崩れ落ちる。
(……神からの攻撃は、ありかよ……)
最後の意識が途切れる瞬間、悠の瞳に映ったのは、勇者の白銀の剣と、砂漠に沈む太陽。
世界が音もなく閉じる。




