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「お前はもっと体力をつけるべきだ」
そう言われてしまったのは、案内されている最中ですっかり私が疲弊していたからだ。私は確かに体力があまりない。
室内に引きこもっていることの方が多かった。
「そうですね。適度に運動をしようと思います。グラナート様は体力がありそうですよね」
「普段から訓練をしている」
「グラナート様の訓練している様子などを見に行きたいですわ」
グラナート様はとてもお強いと噂されている。折角結婚したのだから、旦那様となったグラナート様のことを知っておきたい。
幾ら政略結婚だったとしても、こうして生き延びられたのだからグラナート様のことを知っていきたい。
政略結婚で受け入れられず悲恋になった話はお母様やお姉様にされたことはあるけれど、成功した方の実体験などは聞いたことがないわ。
私が社交界に中々出ていなかったからなのだけれども……。
こういう時、お母様やお姉様だったら社交界にも沢山知り合いがいらっしゃるから、グラナート様とあっという間に仲良くなったり出来たんじゃないかなんてそんな気持ちにもなる。
でもグラナート様と結婚したのは私なのだから、もっと仲良くなりたい。
初夜はされるがままだったけれど、女性から何かすべきなのだろうか。そういう教育も最低限しか受けていないから分からない。
そんなことを考えていると、ソファに座らされた私に目線を合わせるようにグラナート様は屈んでくれる。そして私の頬に、恐る恐るといった様子で触れる。どうしてそんなに躊躇しているんだろう?
初夜も済ませて、手だって握って歩いたのに。
「何か、不安か」
そう問いかけられ、じっと見つめられるとついつい私は自分の思っていることを言ってしまう。
「私は大公家に嫁いできましたが、足りない部分がとても多いと思います」
「誰かに何か、言われたか?」
「いえ、私が勝手に思っているだけですわ。この屋敷の方々は皆、とても優しいですもの」
少なくとも伯爵家にいた頃よりはずっと過ごしやすい。なんというか、このお城の中では皆が私に対して優しいのだ。少なくとも私の意思や声を確認してくれる人たちばかり。
「例えばお姉様が嫁いできたら、グラナート様はもっと喜んでくれたのかなとそう思いました」
「そんなことを言う必要はない。俺は嫁いできたのがお前で良かったと思っている」
グラナート様は私の目を見て真っすぐにそう言った。そんなことを言われたら、嬉しさでいっぱいで何と答えたらいいか分からなくなる。
「お前の姉など知らん。どうでもいい」
「……そう、ですか」
お姉様のことをどうでもいいという人なんて初めて見た。
私に近づいてくる人は、家か、お姉様たちに近づこうとしている人達ばかりだった。
……目の前のこの人は、例えばお姉様がこの場に居たとしても私にこんなことを言ってくれるだろうか。
グラナート様のことを知れば知るほど、優しくて私にはもったいない旦那様だなとそう思う。
だからこそ、グラナート様がお姉様の方を優先するのが嫌だなんて我儘を思ってしまいそうになりそうだった。こんなことを考えるからこそ私は至らないと言われるのではないか……なんてそう思った。
こんな醜い感情は、グラナート様には悟られないようにしよう。
「グラナート様、ありがとうございます。至らない花嫁の私ですが、精いっぱい妻として頑張らせていただきます」
出来れば、このグラナート様の笑顔をもっと見られたらいいなとは思った。
この顔が恐ろしい表情に変わったら、冷たい目で見られることになったら……それは嫌だなと思ってしまう。
なんというか、ただ殺されるだけなら私は役に立たなかったんだなとそう感じるだけだ。元々お姉様から、「殺されるだろう」なんて言われていた。
だからこそ命を失うかもしれないことは覚悟している。でもそれが……優しくされてから、親しくなってから切り捨てられるのと、初対面で殺されるのとでは全く違う。
それはちょっと悲しくなりそうだ。
「それは嬉しいが、無理はしないように。一先ず今日はゆっくりしろ」
そう、命じられた。
声色は温かいものではない。だけど告げられた言葉は私への思いやりに満ちたものだ。そんな言葉を掛けられるだけで、どうしようもなく嬉しくなった。
気を抜くと泣きそうになる私はおかしいのかもしれない。ただ、なんだろうこうして話しているとほっとした。
安心が出来て、まるで子供みたいなそんな感覚にさえなる。
結局私はグラナート様が目を離すと一人で動き出そうとしたりして、結局休まないとそんな風に判断された。
「俺は此処で仕事をする。休め」
そう言ってグラナート様は、書類を沢山持ち込んでいた。
そして私が動き出そうとすると、いちいち止めていた。
なんというか、とても過保護で驚いた。