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「グラナート様、こ、これを受け取ってください」
私がそう言って、グラナート様に贈り物をしたのは刺繍を始めてしばらくが経ってからだ。
というものの、私は刺繍がそこまで得意ではなかった。
それに怪我をするとグラナート様に心配をかけてしまうからと、割とゆっくり目に作業を進めていた。グラナート様に悟られないようにと一生懸命、こそこそとやっていたの。
グラナート様には不審に思われたかもしれない。それでもグラナート様は私の知られたくないという意思を組んでか、聞かないでくれていた。
「これは?」
刺繍したハンカチは、ちゃんとラッピングした。その方が贈り物感が出て、喜んでもらえるかなと思ったから。
「いつもグラナート様によくしていただいているから、贈り物を渡したくて……! こほんっ、えっと、改めて言葉でも伝えさせていただきますわ」
贈り物だけでも感謝の気持ちは伝わるかもしれない。それでも伝えるのならばきちんと言葉にした方がいいと思った。
「嫁いできてからずっと、私のことを大切にしてくださっていてありがとうございます。グラナート様がよくしてくださっているから、毎日が幸せで、楽しくて仕方がないのです。あなたの妻になれて良かったと心から思っておりますの。だ、だからその……グラナート様が許してくださる限り妻でいさせてもらえればと思います。それまでよろしくお願いしますわ」
グラナート様は私のことを妻として扱ってくださっている。だからこそ、使用人や侍女達も私によくしてくれている。
グラナート様が私を大切にしてくださらなかったら、また別だった気もする。
私はグラナート様によくしてもらっているから、嫁いできてから楽しいのだ。
「どうしてそう消極的なんだ。俺はシアンナ以外の妻を迎えるつもりはない。寧ろ「浮気は許しません」とか「自分が妻だ」って堂々と言っていい」
「えっと、でもグラナート様の心を私がどうこうするのは出来ませんし。グラナート様が他の方を妻に迎えたい場合は悲しくはなりますが、何とか折り合いをつけます」
「いや、そこは怒っていい。嫌なことは嫌と言っていい。俺は少なくともシアンナが男と話したりするのは嫌だ。お前もそういうのがあるのならば、ちゃんといえばいい」
グラナート様は、そんなことを言って楽し気だ。
なんというか、グラナート様って本当に私の意思を尊重しようとなさっている方なのだなと改めて思う。
「分かりました。何かあったら言うようにしますね。グラナート様が嫌がるなら、私は他の男性となるべく喋らないようにします」
もちろん、必要最低限には大公夫人として会話は交わさなければならないけれど。
でもグラナート様が嫌がることはしたくないもの。
「ああ。そうしてくれ」
グラナート様がそう言ったので、私は頷いた。
グラナート様はそれから私の贈り物を開ける。喜んでくれるかなとか、そんなことを考えると妙に緊張してしまった。
「これはハンカチか」
「はい! 刺繍は私が施させてもらいました。グラナート様が喜んでくださると嬉しいのですけれど……」
誰かにこうして贈り物をするのは初めてだから、何だか緊張してしまう。こんな些細なことで心臓がバクバクしているなんてグラナート様に呆れられてしまうだろうか。
大公夫人としては、もっと大舞台に立つこともこれからあるだろうに……。
「剣とゼラニウムの花か」
「はい。大公家の家紋を見て、それも入れたいなと思って……! ゼラニウムの花を入れたのは……『君が居て幸福』の花言葉が今の私の状況だなと思いまして……」
何だろう、まさしく幸せの象徴というか……私はグラナート様が居てくださっているからこそ、ただただ幸せだと思っているのだ。
「ゼラニウムの花言葉の通りに、私はグラナート様が居てくださるからこそ幸福なんです。嫁ぐ前は正直色んなことを考えて心配もしていました」
お姉様が、「死ぬ運命だ」なんて言っていたのもあって私は殺されてしまうのだろうなと思っていた。
けれどそんなことはなかった。寧ろなんだろう……これまで生きてきて初めてというぐらいに私は大切にされている。こんなによくしてもらうのなんてこれまでなかった。
「でもグラナート様は私のことを妻として認めてくださっていて、驚くぐらいに大切にしてくださっていて……! だから、その……私がグラナート様が居て幸せを感じている分、私もグラナート様のことを幸せにしたいなと思っているんです。こんなことを思うのは烏滸がましいかもしれないですが! でも私だって、グラナート様にとってのゼラニウムの花のようになれたらって」
幸せにしてもらっている。だけれども、夫婦ならば与えられるだけだと駄目だと思う。
私が物語の中で読んだ素敵な夫婦は、互いに思いやっている方達ばかりだった。だから私だって幸せにしてもらうばかりじゃなくて、私が居るからこそ幸せだと思ってもらえたら……なんて傲慢な考えかもしれない。
でもそうだと嬉しいなと思ってしまった。
「本当にシアンナは可愛いな。……俺は十分、お前という妻をもらえて幸せだ」
グラナート様はそう言って笑ってくれた。
贈り物も喜んでもらえて、私の言葉にも不快な思いはさせずに済んだみたい。そのことにはほっとするのだった。
もっとグラナート様のために、私は何が出来るだろうか?




