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姉の言いなりの私が幸せになるまで  作者: 池中織奈


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 パラパラと刺繍の本をめくる。

 私の知らないものが沢山ある。難しいものも沢山描かれている。難易度の高いものだと流石に幾ら刺そうとしても上手くいかないわよね。


 私ってそこまで器用なわけでもないし……。



 そうなるとやっぱり私が刺繍しやすい難易度のものにすべきよね。流石に不格好なものはグラナート様に渡したくないというのが私の本音なのだもの。

 折角グラナート様が私に好意的でいてくれているのに、その刺繍を見てがっかりされたらとても悲しいもの。



 グラナート様は私が刺繍を上手く出来ないぐらいでそんなことは思わないかもしれないけれども、それでもよ。

 グラナート様に喜んでもらいたい。



 ああ、でも一度渡してみて良い反応ではなかったらまた違う刺繍を贈ってみるのもありかもしれない。




 最初は上手く出来なくても、何度も刺繍を施せば私でも上手になれるかな。

 ゼラニウムの花の刺繍をしたくなるけれど、あくまで私が好きなものなだけでグラナート様にとっては違うかしら。



 でも『君が居て幸福』というのは、グラナート様に向けるのにぴったりな気はする。ただそれだけだとグラナート様的にはそこまで嬉しくないかも?



 私の好きなものに加えて、グラナート様に相応しいものは入れるべき。

 そうなるとやっぱり剣とか? グラナート様は戦いに身を置く人だもの。あとは……グラナート様って魔法を使えたりするのかな。好きな生き物とかいたりするんだろうか。グラナート様はイメージとしては、とても強そうで、だから強大な力を持つ魔物……その中でも貴族の家紋などにも使われているものだと刺繍の柄にしてもありかもしれない。




 大公家の家紋……獅子や剣の描かれたものだったはず。一旦、見に行ってみよう。私はそう考えて、立ち上がると侍女へと声をかけた。



「刺繍の参考に、広間に行きたいの。確か、家紋の描かれた飾りがあったわよね?」



 私がそう言えば、侍女は頷いてくれる。



 それから私は、城内を歩き広間へと向かった。壁に家紋が描かれた布が存在する。

 大公家は、魔物討伐なども古くから行っている。王都よりもずっと、戦いというものが身近なはずだ。だからこそ、そういった強そうな生き物などが家紋に描かれている家は多いみたい。




 ゼラニウムの花は、刺繍する。

 ただそれだけではなくて、獅子を刺繍してみようかな。でも獅子は流石に難しすぎるかも。




 まずは剣とゼラニウムの花にする?

 構図を考えてみよう。そう思い立って、紙と羽ペンを持ってきてもらった。



 絵を描くのもそこまで得意じゃない。というか、私は得意なことはほとんどないけれど……。

 なんだかこうして、刺繍の構図を考えてみるのも楽しいかもしれない。



 私はこうして刺繍の構図を考えることなんて、これまでは全然なかった。自分で考えてみると、何だかワクワクする。案外、私はこうして何かを考えることがこんなに好きだったのだろうか。

 魔法は好きだな、興味があるなと思っていたけれどもそのぐらいだった。

 凄く不思議な感覚。

 上手く刺繍が出来るかな、喜んでくれるかな。そんな不安もあるのに私は何処か高揚した気持ちだ。




「奥様はこういったものを考えるのが得意なのですね。とても素晴らしいと思いますわ。ご当主様に贈り物をした後は、別の構図も考えてみませんか?」

「別の?」

「はい。奥様が素晴らしい刺繍の構図を考案し、それが広まることは素晴らしいことですから」

「そ、そうなのね。あんまり自信はないけれどグラナート様に贈り物をした後は色々と考えてみるわ」



 ただの伯爵令嬢で、お姉様の妹としか思われていなかった頃ならばともかくとして――今の私は大公夫人だものね。

 ……だからこそ、私が発信したものってきっと注目される。



 お姉様は素晴らしい方で、人気者だった。お姉様が行ったことを皆がもてはやして、その真似をしている人だって多かった。

 私が大公夫人としてきちんとできれば、私の真似をする人が出てくるってこと?

 そう考えたら、凄く不思議な気持ちになった。

 まだ近隣の貴族達と交流を持ったりなどもしていないけれど、これから先に仲良くする人たちを増やせるのならば……その彼らにも贈り物はしたいな。




「刺繍を早速試してみたいのだけど、準備してもらえる? 後は……グラナート様にばれないようにもしたいのだけど」




 折角贈るのならば、ばれないように進めておきたい。

 その方がきっとグラナート様が想像よりも喜んでくれそうな気がしたから。



 侍女達は私の言葉ににこにこしながら頷いてくれた。

 それから私はグラナート様に隠れて、せっせと刺繍をすることになった。



 ……私はあまり隠し事をすることが得意じゃなかった。だからグラナート様にも何か隠していることは悟られてしまっていたと思う。

 それでもグラナート様は必要以上に聞いてくることはなかった。


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