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「わぁ……」
私の目の前には、沢山の衣服がたちならぶ。こんなに大量に持ってきてもらうなんて申し訳ない気持ちになる。
思えば私の家族は、商人を呼ぶこともあった。けれど私はその輪に混ざることは一切なかった。
だから初めての経験だ。
幼い頃は……まだ私も商人と対峙することはあった記憶。それでも幼すぎてあまり詳しくは覚えていないけれども。
「全部似合いそうだな」
「そ、そうかしら。こんなに大量にあっても、全て着ることは出来ないわ」
もしかして全部買おうとしているのだろうか……、私はそう告げる。だって数え切れないほどなの。
確かに貴族だと使い捨てのように衣服を身に纏ったりすることはある。ただ私はお気に入りのものは何度も着たいなとは思う。
というか折角グラナート様が購入してくれるものならば、私にとってきっと宝物になる。そんな宝物が山ほどあったら、ちょっとだけ一つ一つが特別なものじゃないようなそんな感覚になってしまいそうな気がした。
「でも全て購入でいいだろう。着ないものは寄付でも再利用でも何でも出来る」
「……えっと、かなり高価なものも多いのでは?」
生地の一つ一つを見ても、高価なものに見える。そもそも大公夫人の身に着けるものは、安価なものにしすぎてはいけない。私が大公夫人として生きて行くのならば、それは必要だ。
私があまりにもみすぼらしいものを身に着けていたら、周りから何を言われるか分からない。
ただこんなに沢山購入して、お金が足りないなんてことにならないかと心配になった。
「このぐらいお金を使っても何の問題もない。寧ろ大公夫人としての予算は大量にあるから幾らでも使え」
「……そ、そんなにあるんですか?」
「これまで俺は結婚していなかったから、かなりの額が溜まっている」
さらっとそんなことを言われて、驚いてしまう。
グラナート様は何だかんだ、大公夫人としての予算を毎年きちんと確保していたのだと思う。どれだけの額なんだろうか。
「そうなんですね……。でも流石に全てを購入するのは少しもったいないので、選んでもいいですか?」
「もちろんだ」
グラナート様がそう言って頷いてくださったので、持ってきてもらったものの中から選ぶ。必要最低限の枚数にしようかと思ったら、グレナート様が「もっと選べ」というため、かなりの数にはなった。
「次はアクセサリー類だな」
それに驚いたことに衣服だけじゃなくて、アクセサリーや靴などの小物類も購入してくれる予定らしかった。
私にこんなにお金を使ってしまっていいのだろうか。そう思うものの、グラナート様が嬉しそうに笑っているので断れなかった。それに……私の物が、これだけ沢山増えるんだなと思うとそれが嬉しかったからというのもある。
「どれも似合うな」
アクセサリーを手に取って試着すると、グラナート様はそう言ってくれた。
商人も、侍女達も、頷いてにこにこしている。
「奥様は赤色が好きなのですか?」
そう商人に言われてはっとした。
自分では無意識だったけれども、私は赤色の装飾品ばかりを選んでいた。その理由に思い至って、顔が赤くなる。
「……グラナート様の瞳の色みたいで綺麗だなと思ったの」
私がそう答えると、商人は驚いた顔をしてだけど次の瞬間には笑っていた。
「奥様はグラナート様のことを大切に思っていらっしゃるのですね。仲睦まじい様子が見られてほっとしております」
「あなたはグラナート様とは付き合いが長いの?」
「はい。昔から存じております。グラナート様に奥方がいらっしゃらないことを心配していたのですが、こんなに素敵な女性が傍に居てくださるのならば喜ばしい限りです」
そのように褒められて、嬉しくなった。
この大公家で出会う人たちは、皆が皆……私の嬉しい言葉を当たり前みたいに口にしてくれる。
そんな言葉は私が受け取っていいものなのだろうかと、分からない。
ただ私が大公夫人という立場だから、皆がお世辞を言っているのかもしれない……。そんな考えが頭をよぎるけれども、目の前の表情を見ているときっと本心なんだろうなと安心した。
「そんな風に言ってもらえて嬉しいわ。グラナート様に私は釣り合わないかもしれないけれど、一生懸命頑張るわ」
「シアンナ、釣り合わないなんて言うバカ居たら言え。すぐにどうにかする」
「もう、グラナート様? どうにかするって、何をするつもりなんですか?」
「そんな口聞けないようにする」
グラナート様がそんなことを口にするので、私は驚いてしまう。私がグラナート様に釣り合わないのは、明確な事実なのに。
グラナート様はそんなことを私に言われたら……、自分のことのように怒ってくれるんだなと不思議な気持ちになった。
それから他にも色んなものを買って、商人は帰っていった。グラナート様のものはほとんど買ってなかった。




