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グラナート様は、ずっと優しい。
どうして私なんかにそんなに優しくしてくれるんだろう? 私はそれが分からなくて、ふわふわした気持ちになる。
それにグラナート様以外の人達だって、そうなのだ。
実家だと、私のことなんて誰も気にしていなかった。私の意見なんて通らないのが当たり前だった。
「奥様、湯加減はどうですか?」
「奥様、こちらをどうぞ」
そんな風に、誰もが私の意思を確認し、私が暮らしやすいようにしてくれる。
まるで夢みたいな場所だなと思った。こちらに嫁いでくる時は、お姉様に言われた言葉も相まって死んでしまうのかも……と不安に思っていたのに。本当にこんなことがずっと続くんだろうかとか、そんなことも思ってしまう。
「ふぅ……」
「どうした?」
思わず息を吐いてしまうと、隣にいたグラナート様に問いかけられる。
今は大公夫人としてのお勉強中。グラナート様は私の隣に座ってくれている。忙しいだろうに、私のために傍に居てくれているみたい。
というか、グラナート様は結構私の元へ来てくれている。こんなにも自分から私の傍に居てくれようとしているから、「愛されてますね」と周りに言われたりする。
……そんなわけないのに。
「落ち着かなくて。此処での暮らし、凄く夢みたいだから」
「そんなことないだろう? 貴族としては普通の暮らしだ」
グラナート様はそう答えて、何かに気づいたようにこちらを見る。少しだけその視線が冷たいものに見えて驚いた。
「……お前が、自信なさそうなのはそれでか?」
そんなことを言われても何と答えたらいいか分からなかった。
無言になった私のことをじっとグラナート様は見る。
「シアンナは大公夫人なんだ。だから俺と同じだけの権力を持ち合わせている。もっと堂々としていい。それに傅かれるのが当然だ」
「そ、そうですか。でもまだ慣れないかもです」
「もっと慣れろ」
命令口調でそんなことを言われる。しかしそういうことに慣れるのってどうしたらいいんだろうか。
私にとって、この大公家での暮らしは新しい経験ばかりだ。私にとっては落ち着かなくて、幸せだと思うような日々。
もっとこの暮らしが続けば……これが当たり前になるのだろうか?
私とグラナート様が話している様子を、大公家について教えてくれている執事はにこにことしながら見ている。
勉強中なのに、こんな風に話し込んでしまっていいのだろうか? そうも思うけれど、グラナート様や執事の表情を見ていると問題なさそうだなと思った。
「服も、持ってきたの少ないだろう」
続けて言われた言葉に、私はまた驚く。
「少ない、ですか? グラナート様が用意してくれたものもありますし、数は十分ですが」
グラナート様や大公家は、沢山の衣服を用意してくれていた。実家からここまでは遠くて、そこまで多くの物は持ってこられなかったから。
そもそもお姉様の意向なのか、荷物が少なかったのもあった。お姉様は、私が此処ですぐに命を落とすと思っているから。
用意してくれているものもとても素敵で、これ以上何を求めるのだろうかと疑問に思う。
「もっと購入していい。大体シアンナは金を使わなさ過ぎている」
「……私に、かなりお金を使っていると思うのだけれども」
ここでの暮らしは、実家にいた頃よりもずっと私に対してお金を使っているように見える。だからこれ以上? と思ってしまった。
「まだ足りない。これからパーティーやお茶会などにも出ることがあるだろう」
「そう、ですね。これまであまり参加したことないので、自信はないですが! でも参加する際は頑張ります」
今の所、嫁いできてからそう言ったものには参加していないけれどこれから増えるはず。
ただの目立たない伯爵令嬢だった頃と比べて、今の私は大公夫人なのだからもっと露出の機会が多いはずだから。
「ああ。そのためにも沢山購入しろ。それに俺は色んな衣装を身に纏ったシアンナを見たい」
「分かりました。グラナート様がそうおっしゃるのなら」
グラナート様は、私が様々な衣服を身に纏うと楽しいのかもしれない。お姉様のように美しいならともかく私が……? と思うけれど、グラナート様がもっと堂々としていいと言っているのだから、やってみよう。
「じゃあ、商人を今から呼ぶか」
「え、今から?」
グラナート様は有言実行をする方みたい。急にそう言われて驚いた。
それからグラナート様は本当にすぐさま商人を呼び出してしまった。突然で商人の方に迷惑じゃないかと不安になったが、商人の男性はにこにこしていた。
「こちらがグラナート様の奥方ですか! 愛らしい方ですね」
「そうだろう?」
「ほほっ、グラナート様もよっぽど気に入っているようですね」
しかもそんな会話を交わしていて、少し恥ずかしくなった。




