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プロローグ 私とお姉様のこと

 私、シアンナ・ビルーデンにとって二つ上のお姉様は絶対的な存在だった。伯爵家の次女として産まれた私の世界には、いつだってお姉様が居た。



 絶世の美女だったと噂されている祖母の血を強く引いたお姉様は、一目見たら誰もが目を惹かれるような華やかさがある。美しく輝く金色の髪に、お日様色の橙の瞳。素の美しさがあるのは当然のことながら、お姉様は努力家だった。

 容姿を美しく磨くことも怠らなかった。お父様とお母様、それにお兄様も――お姉様を可愛がっていた。ビルーデン伯爵家の誇りだった。



 それにお姉様はまるで未来を知っているかのように、先見の明があった。



 自然災害による危機を予知し、高貴な方に恩を売ったこともあった。それにまるで予期していたかのように、特定の作物を伯爵領で育て、利益を上げたこともある。お姉様のおかげでこの領地が栄えていることは確かだった。

 とはいえ、両親やお兄様のことを立てることも忘れなかった。私は要領が悪くて、いつも余計なことを言ってしまった。お姉様が私と同じ年の頃にはもっと聡明で、そんなことは言わなかったと呆れられてしまった。




 お姉様がそれだけ活躍をすれば後継者争いでも勃発しそうなものだけどそんなものは起こらなかった。

 あくまでお姉様は、お兄様に伯爵家を継いでもらう予定で自分は嫁ぎ先を探すのだとそう言っていた。

 お姉様は、両親やお兄様のことをいつも褒めている。両親やお兄様も、お姉様のことを自慢の娘だ、妹だと言っている。

 ――だけど、私はいつも失敗ばかりだ。これといって特徴もない。秀でたところもない。





 寧ろ伯爵家の評判を下げないように気を付けるしかない。

 社交界に行った時も、お姉様に大人しくしているようにといつも言われる。私が何か行動をすると、周りが迷惑をかけられてしまうって。

 それはその通りだと思う。





 私は子供のころからずっと家族に恥ずかしい思いをさせてばかりだ。立派なお兄様とお姉様の妹なのにと、周りの方々にがっかりされてしまっていた。

 お兄様やお姉様のように何か家のためになれればと習い事をさせてもらったこともあったけれど、上手く行かなかった。教師を雇うのが無駄だと思われてしまって、結局伯爵家のお金を使わせてしまっただけだった。




 魔法を習ったりするのが好きだったのだけど、成果を出すことが出来なかった。そういえばあの先生は、教師を辞める時に何も出来ない私を気遣ってか辞職することを惜しんでくれていた。

 お姉様には私が魔法を習ったところでどうにもならないと言われたけれども、こっそりと一人で練習をしたりはしている。私の魔法は人に見せられるようなものではないから、こっそりと一人で楽しんでいるだけだけど。

 お兄様やお姉様には沢山のご友人がいるけれど、私は特に親しい人はいない。私と仲良くしたいと言う人はあまりいない。

 それも仕方がないことだとは思っている。




 私はビルーデン伯爵家の中でも唯一の落ちこぼれで、家族の恩情により教育などをきちんとしてもらえているに過ぎないのだもの。

 お姉様には有り余るほどの縁談が来ているけれど、今年十六歳になる私には一つも来ない。

 それだけお姉様という存在が目立つから。ビルーデン伯爵家の娘と聞けば、誰もが私ではなくてお姉様の事を想像するだろう。

 家族にとって私は居ても居なくても変わらないような……そんな存在だった。




「――お前の婚姻が決まった」

「とても良い縁談だから、喜ぶように。あなたにとっては身に余る光栄なことだわ」




 そんな私の結婚が突然決まったのは、夏に差し掛かったある日のこと。

 これまでそんな気配一つなかったのにどうしてだろうと不思議に思った。

 それにお姉様が、私を同情するように見ていた。




「あの残忍な大公に嫁いだ花嫁は死ぬ運命なのよ。あなたは殺されてしまうかもしれないけれど、この家にとって必要な私が亡くなるよりはずっといいもの」



 ただお姉様は、私が死ぬのは決定事項と言うようにそう言い切った。

 哀れみといったものはあっても、私が死ぬことに対する悲しみはなさそうだった。



 お姉様は未来を知っている様子を度々見せていた。

 だから、私はこのまま命を落とすのかもしれない……。

 ――私の知っている通りなら、初夜の日にでも殺されるでしょうね。




 お姉様は、なんてことない事を言うようにそう言ったのだ。

 そう思いながらも家の決めたことに反対することなどは出来ないので、そのまま私は流されるがまま大公閣下の元へと嫁いだ。





――だけど、私はお姉様の言う通りすぐには殺されなかった。





「なぜ、お前は俺の目を見つめている? 恐ろしくないのか」



 夫となった大公閣下が、ベッドの上で私を見据えている。



「ゼラニウムの花、みたいで綺麗だなって思って……」

「ゼラニウム?」

「私の一番好きな花なんです。特に赤色は『君が居て幸福』という花言葉を持つんですよ」



 そう、私の好きな花。とても素敵なもの。好きな絵本の中で出てきて、お気に入りなの。それがまるで――目の前にいる大公閣下の瞳にそっくりだとそう思ってしまった。



「くははっ」



 目の前の大公閣下は、楽しそうに笑っていた。

 それからそのまま初夜が決行された。私は、死ななかった。




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