お見合いでふられましたが、万事うまくいっております
おとぎ話です。
貧乏で小さな国の王女が、大きな国の王子とお見合いをした。
まずは大国を知りたいという王女の願いで、視察の日程が組まれる。
王子は狩猟大会や夜会の方が好きだったので、たいそうがっかりした。
農家では、王子は農夫の手が汚いと怒鳴りつけた。
王族の視察なのだから、もちろん事前にきれいに洗ってある。ただ、節々や爪の間の土は、どうやっても取れなかったのだ。
農夫は懸命に失礼を詫びて、下を向いた。
王女は手を取って、この手で果物を作っていらっしゃるのねと労った。
毒味をした後になるが、その場で果物を食べた。
「とっても美味しいわ!」
農夫はぽろぽろと涙をこぼした。
工場では「先月、実験に失敗したな。ああ、予算の無駄遣いだ。あの金があったら、立派なコートが何着買えただろう」と王子はののしる。
青ざめる技術者たち。悔しそうに唇を噛む人もいた。
王女は「斬新なことを思いつき、試行錯誤しているのですね」と詳しく話を聞きたいと申し出た。
ぱああと明るい表情に変わった技術者。
しかし、視察の責任者が慌てて止めた。部外秘の情報が含まれますから、と。
王女はすぐに詫び、静かに見学を続ける。
時折質問をして、技術者たちを喜ばせた。
王子は途中で「退屈だから馬を走らせてくる」と、広い工場の敷地内を散歩するために出て行った。
王子は国王に「あんな平民に媚びる田舎者は嫌だ」と言った。
他にも縁組みはあるし、小さい国にはさしたる旨味もない。
よって、このご縁は婚約には至らなかった。
数ヶ月後、王女が自国内の公爵と結婚したと聞いたとき、王子はそれが身分相応だと嘲った。
しばらくして、二件の農家と一人の技術者が小国への移住を希望した。
王子は「こんな案件、窓口で処理しろ」と、突き返してすぐに承認させた。
「わざわざ苦労しに行くとは、酔狂なことだ」と鼻で笑う。
もちろん、国王に報告することはなかった。
その後も時折、一家揃って移住を希望する者が出たが、機械的に処理されていく。
ふと気がつくと「国の将来が」とか「平民の生活を豊かに」とか、うるさいことを言う者が減っていた。
実に快適だと王子は喜び、美しい令嬢たちを品定めして楽しむのだった。
五年後、貧乏な小国の果物が有名になった。
「こんなに美味しいものは食べたことがない」と誰もが欲しがった。
大量に作れるものではないので、小国と仲良くしてくれる国に少しだけ輸出する。
果物が欲しいという下心で、「仲良くしましょう」と優遇措置を提案する国が続出。
そうなると、どこの国を選ぶかを決めるのは小国の方。
圧力をかけて果物を得ようとした国は、他の国から非難されて引っ込まざるを得ない状況になっていく。
十年後、新たな技術を発表して、一躍先進国の仲間入りをした。最近では、奇跡の国とか、小さな巨人などと言われている。
小国の国王は「我が国が豊かで資金が潤沢にあったら、もっと早く完成していただろうに。少ない予算でよく頑張ってくれた」と責任者に感謝を伝える。
技術者たちは「試行錯誤を『失敗』だと責めないでくださる国王陛下の元でなければ、成し遂げられませんでした」と声を震わせた。
大きくて裕福だった国は十年前から新たな技術が生まれず、現状維持の状態が続いている。少しずつ追い越され、国際的な評価は落ちていった。
元王女――現公爵夫人は「十年前、大国の王子には手ひどくふられたけれど、『能力がある人との縁作り』と考えたら大成功だわ」と微笑む。
弟の王太子は「姉上のご慧眼で、有能な人材が自ら飛び込んで来てくれましたね。ありがたいことです。
彼らの移籍料が、一般人と同じ金額だったので驚きましたよ。ずいぶん太っ腹な国ですよね」
感謝と皮肉を混ぜ、口の端を上げる。
国王は「自国のことを知らん者、現場の工夫や積み重ねた技術への敬意がないものは、自ずから滅びる。お前もよく覚えておくがよいぞ」
王太子は「肝に銘じます」と、匠の手で育てられた果物を頬張るのだった。
認めてくれる人の元、報われる環境で働きたいですよね~。