第八話 与えられた力、勝ち取った居場所
それから数日後、識は風車のベアリング取り付けと後翼の設置を完了させ、作業に一旦の区切りをつけていた。これまで風車小屋に閉じこもりがちだった識だが、その顔には深い疲労の色と共に、充実感が浮かんでいた。
識はこの集中的な作業の中で、自身の持つ異能、つまり魔法について、より考察を深めていた。度重なる試行錯誤と、自身の身体の変化を注意深く観察した結果、ある程度の結論に達していたのだ。
結論から言えば、識の魔法は、指定した空間内の元素を操るものらしい。具体的なプロセスとしては、まず「空間の指定」、次に「設計」、そして最後に「出力」という手順を踏むことで、特定の現象を発生させる魔法だった。そして、この「空間の指定」こそが、これまで識が感覚的に行っていた「測定」にあたるのだろうと彼は推測していた。
この恐るべき魔法には、二つの代償が伴う。一つは、識自身の魔力の消費。もう一つは、出力するのに必要な分量の元素だ。必要な魔力量は、指定した空間の体積に加速度的に比例する。識が巨大なベアリングを出力した瞬間に魔力切れを起こして気絶したのはその巨大さによるものだと、幾度かの実験を経て結論づけた。
そして識自身も驚いたのだが、識の魔法はただ元素を特定の形状に固めるという単純なものではない。例えば、錆びついた酸化鉄を純粋な鉄に還元したり、その鉄に炭素を加えてより強度の高い炭素鋼をつくったり、さらには気体、液体、固体の状態変化まで、化学に踏み込む領域にまで干渉が可能なのだ。もはや何でもありと言えるような、恐るべき能力。しかし、あくまで識の持つ科学的知識が前提ではあるようだが……。
(これがいわゆるチートってやつか……?)
識は己の持つ魔法の可能性に、薄ら寒い思いを抱かずにはいられなかった。この力をもし悪意を持って使ってしまえば、世界を容易く壊せるほどの力になるだろう。しかしこの力をどう使うかは、現状は識自身に委ねられている。
そんな識が突き動かされるように検証したのは、魔法が指定できる対象についてだった。その検証の結果、識は一定の安心を得ることが出来た。魔法の対象に指定できるのは、空間内にある一定以上の大きさの生物が存在しない場合に限る、という厳しい制約があることが判明したからだ。一定以上の大きさの生物というのは、微生物や細菌などは除く、と言えばいいだろう。そして、この能力が生物か非生物かを判断している条件は、恐らく『生物の定義』によるものだと識は推測した。膜で区切られた細胞構造を持ち、物質やエネルギーの変換を行い、子孫を残す能力を持つ存在。それらが生命の持つ条件とされている。あくまでも、多くの生命体と言われる存在に当てはまっている、という仮説ではあるのだが。
だからこそ、生きた人間をそのまま分子レベルに分解したりといった、倫理的に破綻するようなことは出来ないのだ。その事実に、識は大いに安堵していた。
風車小屋から戻った識を待っていたのは、村人達の温かい歓待だった。識が成した偉業とも呼べる仕事を称え、村は活気に満ち溢れていた。風車は以前にも増して力強く、そして静かに回転し、村の主要な動力源として、その存在感を示していた。
「シキのおかげだ! 本当に助かった!」
「これで粉挽きも楽になるぞ!」
「まさか、あのオンボロ風車が、こんな凄いものだったとはな……」
村人たちは識を取り囲み、感謝の言葉を惜しみなく浴びせた。中には、まるで英雄を見るかのような羨望の眼差しを向ける者もいた。リリアも大変な拾い物をしたものだと長老やガインに褒められ、満更でもなかったようだ。識に逃げられないようにと、「さっさと結婚しろ」と言われる始末で、リリアは顔を赤くして「もう!」と抗議していたが、その表情はどこか嬉しそうに見えた。識も照れくさそうに笑いながら、村の温かさに触れていた。
識は風車の再生記念という名目で開かれた歓迎会を終え、リリアと共に家へと戻ってきた。日中、村人たちからの感謝と興奮の渦中にいた識も、ここではいつもの穏やかな表情に戻っていた。
「リリアさん、本当にありがとう。あなたがいなかったら、俺は今頃どうなっていたか……」
識の素直な感謝の言葉に、リリアはふわりと微笑んだ。
「私もシキがいてくれて嬉しいわ。村がこんなに元気になるなんて、思わなかったもの」
互いに礼を言い合い、笑い合う。少しずつではあるが、識もリリアと共に寝床に入ることに、ほんの少しは慣れてきていた。夜の帳が下りた静かな家の中で、識はリリアの胸に抱かれながら目を閉じる。彼女の体温と、微かに聞こえる寝息。この温かさが、異世界に突然放り込まれた識にとって、何よりも確かな、心の拠り所だった。故郷を離れ、未知の存在として生きる識にとって、リリアの存在は、暗闇の中で灯された小さな、温かな光のように感じられた。
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