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第七話 居場所と運命の対峙

 識の意識が戻った時、最初に感じたのは、乾いた唇の渇きと、全身を覆う重い疲労感だった。視界に映ったのは、簡易な木造家屋の天井。目覚めの時にこの天井を見上げるのは、これが二度目になる。リリアの家の天井だ。ぼんやりとした頭で起き上がろうとすると、隣でうたた寝をしていたリリアが、すぐに識の異変に気づいて顔を上げた。

「シキ! 目を覚ましたのね! 大丈夫!?」

 リリアの心配そうな声が、識の意識をはっきりとさせた。彼はゆっくりと体を起こそうとするが、すぐにリリアに優しく止められた。

「まだ無理しちゃだめよ。魔力切れで半日くらい寝てたんだから。ガインさんが風車の方は焦らなくていいって言ってたし、長老様も呼んでるから、もう少し休んでからにしましょう?」

 リリアの言葉に、識は自分が深い眠りについていたこと、そして、あのベアリングのモデリングと出力で意識を失ったことを思い出した。やはりあの異能は、身体に大きな負荷をかけるようだ。「魔力切れ」というからには、識が自分自身で魔力を行使していたということだろう。魔力という概念がない元の世界では知り得なかったあの奇妙な感覚。識は、あれがリリアの言う「魔力切れ」によるものなのだと理解した。

 それからしばらくして、十分に回復した識は、リリアと共に長老の元へと向かった。長老の家に着くと、彼は識の顔を見るなり、深く頷いた。

「目覚めたか、シキよ。そなたの身を案じていたが、安心した。……ガインから聞いたぞ。風車の歯車を全て新品同様にしただけでなく、新たな部品も作ろうとしていると。そなたの技は、まことこの村の助けとなるだろう。シキよ、我らはそなたを、このダークエルフの村の一員として認めよう」

 長老の言葉に、識は安堵と喜びが混じった息を吐いた。これで、この世界で生きていくための足がかりを、ようやく手に入れたのだ。リリアも識の隣で、自分のことのように嬉しそうに微笑んでいた。

 夕食を共にしながら、識はこれからのことを長老に話した。

「僕を村の一員として認めてくださって、本当にありがとうございます、長老様。明日以降は、まずはあのベアリングを組み込んで、風車を完全に稼働させたいと考えています。その次は、風車の後翼の設置です」

 識は、風車の模型をイメージしながら続けた。

「後翼により、風車の頭部が自動で風向きに合わせるようになり、いつでも風さえ吹いていれば最高効率で風車を動かし続けることが可能になります。また、風車の動力を石臼から切り替えられるようにすれば、他にも様々な用途に使うことができるでしょう。例えば、水を汲み上げるポンプや、木材を加工する製材機、あるいは…」

 識の言葉に、長老は大きく頷いた。彼の目は、識が語る未来のビジョンに、静かな期待を宿しているようだった。一通りの説明を終えると、長老はふと、問いかけるように識に目を向けた。

「シキよ。そなたは、何故この村に、ドワーフの技術が使われていると思う?」

 識は戸惑った。確かに、ドワーフの設計したあの風車はダークエルフの技術レベルをはるかに超えている。しかし、この世界の歴史や種族の背景にあまりにも無知な識には、その答えは思いつかなかった。答えられずにいる識の様子を見て、長老は静かに語り始めた。

「……我々ダークエルフ族は、元々ドワーフ族やエルフ族と同様に、獣人族に属する種族だったのだ」

 長老の言葉に、識は驚きを隠せない。リリアも横で静かに耳を傾けている。

「ドワーフ族は技術や芸術の発展を好む性格故か、変化を嫌い調和や永遠を尊ぶエルフ族とは反りが合わなかった。だが逆に、変化を好み、刹那の幸福を尊ぶ我々ダークエルフ族とは奇妙なほど馬があったのだ。彼らは我々の精神を買い、惜しみなくその技術を伝えてくれた。あの風車も、その頃のドワーフ族と我々が協力して築き上げたものだ」

 長老は遠い目をして、話を続けた。

「しかし、ある時を境に我々ダークエルフ族は『魔族』へとその扱いが変わってしまった。それは、人間族が引き起こした大きな戦争が発端だった」

 長老は一度言葉を区切り、識の顔を見た。

「人間族は、ある邪な目的のために、この世界のバランスを崩そうとしたのだ。それに対し、魔族を擁する『魔王』は猛反発した。しかし獣人族は、人間族に恭順とまではいかないにしろ、最悪は回避できるならと、不本意ながらも従う形になりそうだった」

 識は息を呑んだ。知らなかったこの世界の歴史の一端が、少しずつ目の前に開示されていく。

「我々ダークエルフ族は、それに反対した。同胞である獣人族、そして人間族から不当に扱われようとしていた魔族双方を守るために、人間族と戦う道を選んだのだ。結果として、敵の首謀者と相討ちになったとは言え、魔王の崩御という形で魔族は敗北し、我々ダークエルフも人間族から『魔族』と認定された。そのため、戦後の処理で獣人族を巻き込まないために苦渋の決断ではあったものの、獣人族との関係を絶たざるを得なくなったのだ」

 長老の声は、深い悲しみを帯びていた。識は、魔族と獣人族という区別が、単なる生物的な違いではないことに気がついた。識は問いかけた。

「長老。魔族と獣人族というのは、どういった差があるのでしょうか?」

 長老は識の問いに、穏やかな表情で答えた。

「概して言えば生き物として根本的な差はない。あるのは、人間族と敵対しているか否かの差だ。生物としては、我々魔族や獣人族は、世界に満ちる魔力に適応し体内に取り込むことで、様々な特徴ある肉体の作りになったり、特異な能力……『魔法』と呼ばれる力を持っていたりする。そして魔族獣人族共に、体内に魔物と同じように魔力結晶が生成されるのだ。我々ダークエルフが人間と見た目が違ったり長命な理由は、体内の魔力結晶の働きによるものだ」

 識は、この世界に来た時の魔物の姿を思い出し、少し身震いした。

「逆に人間とは、魔力に対する適応力が低く、『魔術』と呼ばれる術式を介さないと魔力を扱うことが出来ない種族のことだ。その分、人間は個としての強さは我々魔族や獣人族には及ばないものの、短命であることも助けとなり繁殖力が非常に強く、個の弱さ故に社会を形成する力に長け、数が非常に多い。勢力としては、人間族がこの世界の最大勢力にあたるのはそのためだ」

 そこまで聞いて、識はふと、自身の異能の異質さに気がついた。測定能力、ホログラム投影、そして物質再構築。これらは、魔術とは明らかに異なっている。

 長老は識の様子を見ながら、厳かに告げた。

「そうだ。そなたの持つ不思議な力は、人間の扱う魔術ではない。紛れもない魔法だ。つまり、この世界でのそなたの扱いは、魔族や獣人族ということになろう」

 ということは、識は人間族と見た目は全く変わらないものの、この世界では人間として認められないということになる。故郷への帰還を望む識にとって、それはあまりに重い現実だった。

「残念だが、私もそなたが元いた世界に帰る方法は分からぬ。そのような魔法を扱う種族など聞いたこともない。……しかし、人間族の魔術であれば、あるいは可能なのかもしれぬ。とは言え、魔法を使うお前を人間は受け入れてはくれぬだろう。彼らはあらゆる意味で臆病な種族だ。『違う』ということに対しては、特に……な」

 長老が残念そうに告げる。識は、長老の言葉に、未来に大きな困難が待っていることを予感した。だが、その時、隣にいたリリアが識の肩に手を置き、優しく声をかけてくれる。

「大丈夫よ、シキ! 帰れる方法はきっと見つかるわ。それまであなたはいくらでもここにいていいのよ? 私も長老様も嬉しいし、ガインさんもあんなに喜んでいたじゃない!」

 リリアの真っ直ぐな瞳に、識は一瞬、心が軽くなるのを感じた。一方で二人の気遣いに感謝しながらも、やはり故郷への思いを捨てきれずにいる自分が確かに存在している。いつかは必ず元の世界へ帰る。その決意を、識は改めて胸に刻んだのだった。

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