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第六話 奇跡と信頼の対価

「それじゃあ、この歯車の取り付けをお願いします」

 識の言葉に頷いたガイン達が作業を進めている間に、識は他の歯車も次々と修復していった。視界には識の思い描いた通りに青い線が軽やかに舞い踊り、ボロボロだった木製の歯車達が、瞬く間に輝きを取り戻していく。この異能を使えば歯車をいちいち取り外す必要もない。スケッチ、設計、そして再構築。思考と同時に全てが一気に進み、その場で修復が完了する。ガインが最初の歯車の設置を終え汗を拭う頃には、風車内の主要な歯車は全て新品同様に生まれ変わっていた。静かに、そして滑らかに識が修復した歯車達が噛み合って回転している様に、識は年相応の喜びを隠せない。

(これなんだよなぁ……何かを創る喜びっていうのはさ!)

 識は、自分の手から生み出された奇跡のような光景に、深い満足感を覚えていた。これなら、この世界で確かに自分の「利」を示すことができる。その喜びが、識の心を温かく満たした。

「ガインさん、この歯車の歯先の辺りだけ、魔力を通して硬化することはできませんか?」

 識はさらなる耐久性を求め、ガインに問いかけた。識が求めているのは、鉄製の歯車で行われる『焼き入れ処理』の、魔力バージョンだ。これがあるのとないのとで、歯車の耐久性は大きく変わってくる。ガインは目を見開いて、輝く歯車と識を交互に見ていたが、やがて笑顔で頷いた。

「それくらいなら簡単だ。だが、それでは一時的にしか硬化できないな。長期的に硬化させようと思ったら、魔力結晶が必要だ。まぁそっちは俺達に任せてくれ。本当にありがとう、シキ。これほどの技を見せるとは……お前は本当に、俺達にとってのドワーフの再来だよ」

 ガインの声には、驚きと尊敬の念が混じっていた。その力強い言葉に背中を押されるように、識は次は制御装置について詳しく調べてみることにした。すると、この風車が「キャップミル」タイプのものであることに気がつく。つまり、本来は風車の頭部全体が風向きに合わせて回転する構造なのだ。そして、朽ちて壊れてしまっているが、巨大な「ベアリング」の存在も確認できた。

 この風車は、識がいた元の世界の技術と比べても遜色ない程の、ダークエルフたちの文明レベルをはるかに越えた科学技術の塊だった。

 識は早速ベアリングと制御装置の修復に取り掛かる。ベアリングは腐食しているところを見るに、明らかに金属で作られていた。

(これはダークエルフ族の手に負えないわけだ……)

 木工、精々が石工止まりの文化レベルで暮らしているダークエルフたちに、精密な金属の加工技術なんてものはありはしないだろう。

「このベアリングの修復には、鉄がいるな……」

 ベアリングを見つめる識の視界に映るウインドウには、壊れたベアリングの修復を行うために相当量の鉄元素が要求されていた。識は望み薄だとは思いながらも、リリアに尋ねてみることにした。

「リリアさん。この村に製鉄技術なんてあったり……」

「鍛冶屋さんのこと?一応いるわよ?」

 リリアはあっさり答えてくれた。識は驚いた。どうやら鉄を扱う職人が村に一人だけいるらしい。リリアの短剣や、その他防衛隊の隊員たちはみんなその鍛冶屋に武器を作ってもらっているそうだ。識は、リリアに鍛冶屋のいる場所に案内してもらうことにした。

 鍛冶屋はドワーフの教えを受けて初代から代々受け継がれてきた技術の持ち主で、村のはずれに小さな工房を構えていた。ただし、規模としては本当に小規模で、個人レベルのものしかない。識が鍛冶屋に挨拶をし、村の粉挽き風車の修理に使うことを伝えると、快く鉄の材料を分け与えてくれることになった。

 識がこの鍛冶屋の設備を確認させてもらうと、驚くべきことにその製鉄技法は日本に古来から伝わる「たたら製鉄法」であり、砂鉄から作った玉鋼から防衛隊用の短剣を作るのが仕事らしかった。リリアの持っていた短剣からすると玉鋼以降の製造工程は日本刀とは違うようだが、度重なる思いも寄らない元の世界との共通する技術の発見に、識は嬉しくなる。しかし、鍛冶屋によるとどうやら短剣しか作れないようで、ベアリングなんてとてもじゃないが直せなかったと悔しさをにじませながら呟いていた。識がそれでも鍛冶師の伝え受け継いできたその技術は素晴らしいものだと力説しているうちに、気づけば砂鉄を保管している場所にやってきていた。

 そこは乾燥した冷暗所のような場所で、砂鉄が山のように積もっていた。キャップミルの回転を担うベアリングは、相当に大掛かりなものだ。これだけの量の砂鉄があったとしても、ベアリング全体の再構築に大部分を使ってしまうだろう。

言いにくそうに、識は鍛冶師に視線を向けた。

「材料のことは、心配しなくていい。村のためだ、好きなようにしてくれて構わないよ」

 鍛冶師は識の心配を見抜いたようにそう言ってくれた。識はその言葉に甘えることにして、ベアリングの設計と出力に取りかかることにした。材料はこの砂鉄と、木炭、そして壊れた元々のベアリングだ。

 設計するのは、低速度高トルクで、回転軸方向に大きな荷重がかかる場合に用いられる、『スラスト円筒コロ軸受』だ。識は意識を集中しながら、部品の一つ一つを慎重にモデリングしていく。

 時間が経つにつれ、部品点数が増えていくにつれ、識の額に玉のような汗が浮かんだ。

(なんだろう……何かが身体から急速に抜け出ていくみたいだ……)

 重い疲労感に苛まれながらも、完成への執念が、識を突き動かす。そしてようやく識は全てのパーツのモデリングを終え、材料を指定して、ついに出力に移行する。

 満を持して出力を選択した瞬間、識の意識は真っ暗になった。

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