第四話 識るは技術、繋がるは希望
「シキ、今日は頑張りましょう。まずは村を一通り見て回ったらいいのかしら?」
村の視察を控えた識の胸には、期待と、この世界で生き抜くという強い決意が満ちている。
リリアの問いかけに、識は真剣な眼差しで答えた。
「はい、それでお願いします。その中で村の方が困っていること、時間がかかって面倒だと考えていることを聞いて回りたいと考えています」
まずはリリアの仲間である防衛隊に挨拶をして回った。リリアは村で最も若いそうで、防衛隊の仲間たちからは、まるで妹分のような扱いを受けているらしい。識がリリアの隣にいるのを見つけると、彼らは好奇の目を向けつつ、リリアをからかい始めた。
「リリア、お前今度は人間の男を拾ってきたのか? お前のお人好しっぷりには感心するよ」
「ま、まさか、お前の亭主か?」
「昨夜は一緒に寝たんだろう?」
屈託と遠慮のない言葉に、リリアは頬を赤く染めて叫んだ。
「もー、違うわよ! シキはそんなんじゃないんだから! 行きましょう、シキ!」
リリアは識を置き去りにしたまま、ずんずんと先へ歩いていってしまった。識は慌てて防衛隊の隊員達に一礼し、後を追う。どのみち、防衛隊の仕事で識がすぐに役に立てることはなさそうだ。体力もなければ、戦闘経験もない。
次にやってきたのは、ダークエルフたちが営む畑だった。そこにはパンの材料と思われる麦のような植物から、豆、その他見たこともないような色とりどりの野菜たちが豊かに実っていた。初めて目にする光景に、識は思わず息を呑む。地球とは違う生命の営みが、そこにはあった。
少し離れたところで農園の管理を担当している代表者と挨拶を交わしていたリリアが、識に手を振りながら呼んだ。
「シキ、この方がこの農園を取り仕切っている、ガインさんよ」
識はガインに深々と頭を下げた。
「識です。昨晩リリアさんに命を助けていただきました。今日はそのご恩返しがしたいと思い、村の方に何かお手伝いできることがないか、聞かせていただいてます。何か、お困りごとはありませんか?」
ガインは識を一瞥すると、すぐに興味を失ったような素振りを見せた。
「困ってること? なら、君は何ができるんだ? 見たところ体力仕事ができますっていう風には見えないんだが……」
その言葉に、識は一瞬怯んだ。しかし、ここで引くわけにはいかない。
「はい。俺は……あ、僕は技術者です。えーっと……あ! あそこの風車なんかは、作れると思います!」
識は、村の風景の中でひときわ目を引く、古びた風車を指差した。ガインは識の言葉に、驚きを隠せない様子で目を丸くした。
「風車を? あれはもう大昔から使ってるドワーフ製の風車だぞ!? 人間族の、しかも子供にそんなものが作れるとは思えないんだが……。確かにあれには困ってる。流石にあれはかなり古くてガタが来ていてね、この村には新たに作れる者がいなくて、騙し騙し使ってる代物なんだよ。今はもう、ドワーフも頼れないしな」
ガインの声には、これまで見せたことのなかった淡い期待の色が混じっていた。
「よろしければ、見せていただけませんか!?」
識は前のめりになって尋ねた。ガインは小さく頷いた。
「あ、ああ。構わないよ」
ガインに連れられて風車小屋の中に入る識とリリア。小屋の中は薄暗く、埃っぽい。識は迷わず小屋の上部へと向かう。この風車は、典型的な水平軸の塔タイプの粉挽き風車だ。異世界であろうと物理法則が適用されているのであれば、効率を求めた先に行き着くものは元いた世界と変わらない。であれば、おおよその構造は既に把握しているし、動力に最も近い上から順番に確認していくのがセオリーだろう。
「……これは」
識は、風車の構造を一つ一つ確認していく。水平軸風車とは、地面に対して水平方向に軸がある風車で、最も効率よく回転するのは、プロペラに対して垂直に風が吹いてくるときだ。そのために、風車にはプロペラの向きを風向きと垂直になるよう回転させる機構が備わっているものが多い。ところが、この風車にはその肝心な制御装置がない。いや、正確に言うと、ここに制御装置があった痕跡はあった。だが、既にその装置は失われてからかなりの年月が経ってしまっていたようだった。
「歯車の摩耗も酷いな。歯飛びも起きているし、折損箇所を無理やりくっつけたような跡がある……」
識は、自身の知識と照らし合わせながら、一先ず自分にどうにか出来そうな部分に当たりをつけ、下に降りてきた。
「どうだ? 何かわかったか?」
当然だがまだ識を完全に信用しているわけではないガインが、あまり期待していない素振りで問いかける。
「はい。この風車、以前は風上に向くように動かせましたよね?」
識が確認するように問いかけると、ガインの目の色が変わった。
「あ、ああ。そうだ。でも数百年前に壊れちまってな。俺たちじゃどうすることも出来なくて……。だから、今は風が向いてる時じゃなけりゃ、まともに粉も挽けないのさ。……まさか、直せるのか?」
ガインは、識の言葉に前のめりになった。その瞳には、諦めかけていた希望が宿っていた。
「ええ、出来ると思います。あと、歯車ももうあれでは使い物になりません。新しいものを作りましょう」
識は自信を持って言い切った。ガインはさらに驚き、問い詰めるように尋ねた。
「あれをか!? あれはドワーフの技術の粋だろう? もしかしてあんた、ドワーフの国で暮らしてたのかい?」
「あ、いえ。そういうわけではないのですが……。とはいえ、僕に出来るのは装置の設計までです。材料や加工なんかはお手伝いいただかなければ難しいと思います」
識は、自分の限界も正直に告げた。しかし、ガインはもはや識の出自など気にする様子もなかった。
「これが直るんならそんなのはこっちがやるさ。それより、本当にできるのか?」
代表者から向けられたのは、期待に満ちた眼差し。それは、この村で生きていくための「利」を示す、最初の試金石だ。識は、その視線に、一切の迷いなく頷いた。
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