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第三話 生きるために、明日への決意

「あの、長老様。一つお願いがあるんですが……明日一日、この村を見て回ることはできませんか?」

 識は意を決して長老に尋ねた。長老は怪訝な顔で識を見つめる。

「ほう? 何のつもりだ?」

「僕が差し出せるのは、元いた世界の知識だけなんです。でも、この村の現状を正確に把握しなければ、それがどう役立つか示すこともできません。どうか、機会をください」

 識の言葉に、長老は眉をひそめた。

「元いた世界? リリア、お前が連れてきたこやつは、一体何を言っているのだ?」

 長老の問いに、識はリリアにしたのと同じように、自分が「地球」という別の世界から来たこと、科学と文明が発達した場所で暮らしてはいたが、どこにでもいる平民であること、そしてつい先ほど、突然この世界に転移させられてきたことを懸命に説明した。

 リリアは識の説明を隣で頷きながら聞いていたが、長老の表情は依然として険しい。しかし、彼の目の奥には、微かな好奇の光が宿っているように識には見えた。

「……なるほど。荒唐無稽な話だが、リリアも見え透いた嘘が見抜けぬような娘ではない。お前が本当に『別の世界』の知識なるものを持っているというのなら、確かに耳を傾ける価値はあるかもしれん」

 長老は顎に手を当て、しばらく考え込んだ後、ゆっくりと口を開いた。

「よかろう。明日一日、リリアの案内の元、村を見て回ることを許す。だが、くれぐれも余計な真似はするなよ」

 識の心の中で、安堵と喜びが弾けた。

「ありがとうございます! 必ず、お役に立ちます!」

 識が深く頭を下げると、長老はわずかに表情を緩めた。

「ふむ。今日のところはもう遅い。夕食くらいとっていけ。リリア、その人間を連れて来い」

 思いがけない申し出に、識は再び深く頭を下げた。リリアと三人で長老の家で夕食をとることになった。

 食事のメニューは、焼きたてのシンプルなパンと、豆がたっぷり入った温かい野菜スープだった。質素ではあるが、識にとっては転移以来初めての温かい食事だった。森での極限状態から一転、温かい光と、優しいスープの匂いに包まれ、識の目から温かい雫が溢れ落ちた。

「シキ? どうしたの? もしかして、口に合わなかったかしら?」

 リリアが心配そうに尋ねる。識は首を横に振り、震える声で答えた。

「う、ううん、違うんだ……美味しくて……こんな温かい食事、もらえるなんて、思わなくて……」

 嗚咽交じりに感謝を伝える識に、リリアは優しく微笑んだ。長老は何も言わず、ただ温かい視線で識を見つめていた。その夜の食事は、識の凍りついた心に、確かに温かい光を灯してくれた。

 食事を終え、長老の家を後にした識とリリアは、彼女の家へと向かった。リリアの家は村の境界付近、高い木の柵のすぐ側に建っていた。

「私たちは防衛隊だから、異変があればいつでも村の外に出られるように、隊員の家はみんなこの境界付近にあるのよ」

 とリリアが説明してくれた。長老の家と比べると、リリアの家はやはり簡素で狭い。はっきり言って、寝床があるだけの小さな家だった。

「あの、リリアさん。俺、男だし、リリアさんと同じ屋根の下で寝るなんて忍びないです。俺は外で大丈夫ですから」

 識がそう言うと、リリアはきょとんとした顔で識を見つめた。

「何言ってるの、ダメよ。森の夜は危険なんだから。それに、シキが一人で外にいたら、私が気になって眠れないわ。シキは私と寝るの」

 リリアは譲らない。識は困り果てたが、彼女の純粋な優しさを前に、これ以上反論することはできなかった。

「それでよろしい。それじゃあ、寝る前に身体を清めましょう」

 リリアはそう言うと、識を家の中に残して、外へと出ていった。識が大人しく待っていると、間もなくお湯の入った桶と、やわらかな布を持ったリリアが戻ってきた。

「さ、識。身体を拭くから脱いで?」

 リリアは当然のようにそう言った。識は顔を赤くして断った。

「自分でやりますから! 大丈夫です!」

「もう! 何言ってるの。背中は手が届きにくいんだから、ちゃんと拭いてあげないとダメでしょ? いいから、ほら、脱いで」

 リリアは識の拒否を全く聞き入れず、半ば強引に識の服を脱がせ始めた。識はされるがまま、全身をリリアによって丁寧に清められた。温かい湯と、リリアの優しい手が、彼の身体の疲れを溶かしていく。

「識の身体って、綺麗ね。本当に争いのない世界で生きてきたのね」

 リリアは微笑みながら、優しく識の背中を撫でた。その指先から伝わる温かさに、識はさらに顔を赤くした。

「はい、終わり。次は私ね」

 リリアはそう言うと、識が振り向いて礼を言うより早く、識の耳に衣擦れの音が響いた。識が慌てて目を開けると、すでにリリアは身につけていた革製の鎧と服を脱ぎ終え、簡素な下着姿になっていた。

「……シキ? 次は私。ほら、何してるの?」

 リリアは、識の混乱を気にする様子もなく、むしろ不思議そうな顔で識にリリアの身体を拭くように促した。識は慌てて首を振り、「む、無理無理!自分でやってください!」と断った。

「もー、ダメよ。背中が上手く拭けないの。髪も長いし、手間がかかるのよ。困っている人を助けると思って。ね?」

 リリアはそう言いながら、湯と部屋の中に置いてあった液体を混ぜ合わせ、その液体をつけながら彼女の長い銀色の髪を梳いている。

「これはね、木の実の油と、花の蜜。こうしてあげると髪が清潔に保てるし、綺麗になれるのよ? シキもやりたい?」

 得意げにリリアが説明してくれた。識は断りながらも、目の前にある美しいリリアの背中をなるべく見ないように気をつけながら、優しく丁寧に拭いた。彼の指先が、なめらかな肌に触れるたび、心臓が激しく脈打った。

「こうして誰かに背中を拭いてもらえるなんて、いつぶりかしら。嬉しかった、ありがとね、シキ」

 作業を終えた識に、リリアが満足そうに微笑む。その笑顔は、識の胸を締め付けた。


「さ、シキ。今日は私の隣で寝るのよ?」

 そう言ってリリアがシキを寝床に招き入れる。リリアの家は狭いので、二人が並んで横になると、肩が触れ合うほどの距離になる。

「誰かと一緒に寝るのも、本当に久しぶりだわ」

 リリアは識を正面から抱きしめるように腕を回すと、すぐに穏やかな寝息を立て始めた。識は、その温もりと香りに包まれながら、全く眠ることができなかった。

 朝が訪れ、識はリリアの寝息を聞きながら、静かに体を起こした。身支度を整え、起きてきたリリアと共に長老の家に行き、挨拶をする。村の視察を控えた識の胸には、期待と、この世界で生き抜くという強い決意が満ちていた。

 とうとう、勝負の1日が始まった。

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