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第一話 白銀の光

 深夜、蛍光灯の光がプラモデルのパーツを照らし出す部屋で、蓮見識(はすみ しき)は小さな部品と格闘していた。机の上には、未完成の巨大ロボットモデルが異様な存在感を放っている。識が3DCADで設計し、3Dプリンターで出力したオリジナルの武装を、今まさに組み込もうとしていたのだ。デザインナイフの刃が、(かんな)がけにより数ミリにも満たないパーツのバリを慎重に削り取っていく。集中のあまり、彼の耳には、空調機の音すら届いていない。


 その時だった。


 視界が一瞬、真っ白に染まる。あまりにも白すぎて、目の前にあるはずの自分の手すら見えない。いや、自分が目を開けているのか閉じているのかすらわからない。そのあまりの光景に混乱と恐怖の限界に達した識は、次の瞬間意識を手放した。


 冷たい空気が頬を撫でる。重く湿った土と、むせ返るような植物の青臭い香りが鼻を突く。やがて意識を取り戻し、識は恐る恐る瞼を開けた。しかしそこは、真っ暗闇に包まれた鬱蒼とした森の中だった。見慣れた自室の光景なんてどこにもない。代わりに、黒々とした木々が視界を覆い、遠くから獣の唸り声が聞こえてくる。

「……は? ここ、どこだ……?」

 状況を理解できず、識は呟いた。数日かけて一から機構まで考え抜いて詳細に設計し、部品ごとに何日もかけて3Dプリンターで出力した超長距離射撃用リニアライフルは……?デザインナイフは?自宅は? 全てが闇の中に消え去り、ただただ、自分がどこにいるのかさえ分からない。

 分からないことだらけの中で、それでもゆっくりと立ち上がり、識はきょろきょろと周囲を見回す。その時、茂みの中から、ガサガサと大きな音を立てて巨大な影が現れた。

 それは、まるで熊が二本足で立っているかのような異様な姿をしていた。しかし、それは明らかに熊ではない。額には鋭くねじれた角が生え、異様に長く発達した前腕には、黒く鋭い爪が並んでいる。ギラギラと鈍く光る赤い瞳は狂気を宿し、口からは粘り気のある唾液が滴り落ちていた。

 識の心臓が、激しく脈打つ。全身の毛が逆立ち、本能的な恐怖が彼を支配した。

(なんだ……あれ……!あんなの……俺、餌だろ……!?)

 身体は震え、足は鉛のように重く言うことを聞かない。逃げなければ、そう頭では理解しているのに、身体は恐怖で縫い付けられたかのように動かない。目の前の異形は、ゆっくりとこちらへ向き直り、低い唸り声を上げた。

「――っ!」

 反射的に後ずさる。こんなものに、どうすれば立ち向かえるのか? 機械の知識も、設計のスキルも、こんな状況では何の役にも立たない。ただただ、逃げ出したいという衝動だけが、識の全身を支配した。

 その時、鋭く空気を切り裂く音が耳朶を打つ。

「ガアァァァッ!」

 何かが深く突き刺さるような鈍い音が識の耳へと届いた瞬間――悲鳴のような叫び声を上げ、巨獣が後ずさる。奴の左目から、奇妙なモノが生えているのが識には見えた。訳も分からず戸惑いながらも辺りを見回すと、識の後から、一人の影が躍り出た。

 月明かりに照らされたその姿は、信じられないほどに美しかった。白銀の長い髪が夜風にたなびき、金色の瞳が夜空に浮かぶ満月のように美しい。肌は浅黒く、整った顔立ちには凛とした表情。そして、胸元で大きく開いた革製の鎧に包まれた、豊満な肉体。その手には、弦が引かれた弓が握られている。頭部には、物語に登場するエルフのように長く、横に伸びた耳があった。

 彼女は迷いなく、識と巨獣の間に割って入った。その佇まいには、識が先ほどまで感じていた絶望とは真逆の、圧倒的な力が漲っていた。

 巨獣が怒りの咆哮を上げ、襲いかかろうとする。しかし、彼女の動きはそれよりも速かった。追撃の矢が放たれ、巨獣の額に吸い込まれるように突き刺さる。脳髄を破壊された巨獣は、悲鳴を上げる間もなく、倒れ伏した。

 識は、信じられない光景を呆然と見つめていた。先ほどまで自分を襲っていた恐怖の対象が、一瞬で倒された。彼女の一挙手一投足には無駄がなく、その身体から放たれるように感じる何らかの力の奔流は、識の知る物理法則とはかけ離れたものだった。

 彼女は倒れた巨獣に視線を落としたまま、識へと歩み寄ってきた。識の心臓が、再び激しく鼓動を始める。

 彼女は識の目の前で立ち止まると、少しだけ身を屈め、その金色の瞳を識の顔に合わせた。その眼差しは、先ほど魔物を仕留めた時の鋭さとは打って変わって、深く、そして慈愛に満ちていた。

「大丈夫? とっても驚いたでしょう。怪我はない?」

 優しい、耳に心地よい声が識の鼓膜を震わせた。まるで、ひどく怯えた小動物をあやすかのような、穏やかで包み込むような声音だった。識はただ首を横に振ることでしか答えることができなかった。

「ふふ、良かったわ。あなた、こんな森の奥で一人ぼっちだなんて、よっぽど運が悪かったのね。……私はダークエルフのリリア。あなたの名前は?」

 その問いかけに、識はかろうじて声を絞り出した。

「…あ、蓮見……識、です」

「シキ? シキが名前よね? よろしく、シキ。素敵な響きだわ、良い名前ね」

 リリアと名乗る彼女の言葉に、識はわずかな希望を見出した。この女性が、この世界で生き残るための、唯一の光になるかもしれない。

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